51 学園祭の準備(クラス編)
短い夏休みが明けると、セイントルキア学園の学生の意識は、11月に開催される学園祭に向けられる。
セイントルキア学園の学園祭はかなりの来場者数が見込まれる一大イベントなのだ。
ラマディエール王国は、貴族も平民も子沢山の傾向があるので、生徒達の兄弟姉妹が参加するだけでそこそこの数となる。それに加えて、魔法に縁のない多くの平民達も、生徒達の魔法を使った催し物を楽しみにして来場する。
しかも、学園祭に関しては王国も協賛なので、王宮から学園までの道のりにも、出店が大量に出店されるのだ。
そんな訳で、体育祭など開いている暇はないとばかりに、セイントルキア学園の生徒達は、夏休み明けから学園祭に向けて邁進する。
そして、第一学年のクラス別の出し物は、毎年恒例で決まっていた。
「カルロ、あなたはどうしてカルロなの……?」
「フィリー様! もっと身を入れて! 感情を乗せてください!」
「は、はい……!」
私は、監督――もとい、リサリー様の鋭い指導に、必死に頷く。
お察しのとおり、私たちの出し物は演劇だ。
とはいえ、普通の劇ではない。
来場するのは、生徒達の魔法を見たくてやってきた人達が大半なので、大魔法館で行う魔法劇なのだ。
「リサ様、来場者達は魔法を見ることに重きを置いているから、私の演技なんか見ていないんじゃないかしら……」
――バン!
と机を叩いて立ち上がったのは、リサリー様1人ではない。
見ると、たまたまその場にいたクラスの女子生徒8人が全員が立ち上がって、熱い目で私を見ていた。
「フィリー様! ヒロインが何をおっしゃっているのですか!」
「ご自分の人気ぶりを侮らないでくださいまし! 第一王子が夢中の婚約者フィルシェリー様を見たいと、貴族会では話題沸騰なのですよ! 一番の集客源です!」
「私達クラスメートの女性陣で、あらゆるツテを使って、フィルシェリー様は稀代の美女だと煽っておきましたので、ご安心を!」
「既に前売りチケットにプレミアがついています! 当日チケットも即完売でしょうね……!」
やり切った顔の女性陣に、私は震えることしかできない。
何が……一体何が安心なの……。
「シェリーは僕と引き剥がされるのは辛くないの?」
「辛いわ! つ、辛いけど……」
「辛いけど?」
「み、皆の前で、そんな……恥ずかしいの!!」
悲しそうにしているエルに、私は縋るようにして主張する。
何を隠そう、ヒーローのカルロ役はエルなのだ。
集客のためという建前の下、私とエル以外のクラスメート全員一致で、私とエルが主役の二人に祭り上げられてしまった。
しかも、私が自信がないと言うと、皆揃って「舞台の上でいつもどおりいちゃついてればいいから!」という助言をくれるのだ。私は一体、どういう評価を受けているのだ! いつもそんなに、いちゃついてないのに……!!
今回、特進クラスが演る演目は、『カルロとシャーロットの不思議な世界』だ。
第一学年の特進クラスは毎年、この演目を上演することになっている。
『カルロとシャーロットの不思議な世界』は、ラマディエール王国だけでなく、近隣諸国でも有名なおとぎ話だ。
このおとぎ話の中の世界は2つの敵対する国に分かれていて、カルロとシャーロットは、それぞれの国の王子様と王女様。2人はお互いに惹かれるけれども、敵対する国の後継なので、結ばれることができない。
ある日、世界を作った創造主である2匹の精霊ウサギが、久しぶりに地上に遊びくる。
2つの国が喧嘩していることに首を傾げつつも、黒ウサギがカルロの元に、白ウサギがシャーロットの元まで辿り着き、それぞれに可愛がってもらう。2匹の精霊ウサギは気を良くしたところで一度合流し、探索する国を交代。
すると、それぞれの王様の部屋に、大好きなライム苺が沢山置いてあるではないか。
2匹のウサギはそれを全部食べてしまった上、その場に、黒ウサギはカルロからもらった国の紋章付きの耳飾りを、白ウサギはシャーロットからもらった国の紋章付きの耳飾りを落としてしまう。
貴重なライム苺が載っていたお皿が空っぽになった上、その上には敵国の紋章付きの耳飾り。
怒った王様達は、戦争を始めてしまう。
大量の魔法を使った激しい戦いに、2匹の精霊ウサギは震え上がる。そしてとうとう、精霊ウサギ達は泣き出してしまった。
創造主である2匹の涙は、洪水となって世界を押し流す。
そんな状態で戦争も何もあったものではない。
世界の人々は、慌て逃げ惑い、混乱に陥れられる。
そこで現れたのが、カルロとシャーロット。
2匹が創造主であることに気がついた2人は、2匹に対して、これからは皆で仲良く暮らすことを約束する。
仲睦まじい二人は、これ幸いと、自分達が結婚して2つの国を統合しますという約束までする。
それに喜んだ2匹の精霊ウサギは、大喜びでカルロとシャーロットの周りをはしゃぎ回る。喜ぶ2匹の力で、洪水は収まり、世界は光で溢れ、沢山の木々が成長し、何より沢山のライム苺の実が成った。
こうして、世界の人々は喧嘩をしたことを反省し、精霊2匹は可愛がってくれたカルロとシャーロットと一緒に過ごすことにし、カルロとシャーロットは2匹を言い訳に幸せな結婚をして、世界は平和になったのでした。
という、ありがちなハッピーエンドのお話だ。
このおとぎ話は、恋愛も絡む上に、悪人がおらず、戦争シーンに見応えがあり、ハッピーエンドということで、世界各国で愛され、演劇の題材とされることが多い。
そして、私が演じることになってしまったのはシャーロットなのだ。
ヒロインのシャーロットの気持ちに寄り添うのは、正直そんなに難しいことではない。好きな人が敵対派閥の人だなんて絶対に辛いし、大体、カルロ役はエルなのだ。元々大好きなのだから、なんのてらいも必要がない。
けれども、好きという気持ちをこんなに皆に見られてしまうなんてことは、今までの人生で想定していなかった。とにかく恥ずかしい。穴があったら入ってしまいたい。
「フィリー様、もうそれで大丈夫です。その打ち震えている感じが逆に良い。ええ、とても良いです。私達のシャーロットは恥ずかしがり屋、という設定でいきましょう」
「!?」
もはやリサリー監督が何を言っているのか分からない。
けれども、周囲の女性陣は、悦に入った顔で頷いていた。
震えながらエルを見上げると、エルはうっとりと私を見ている。
「シェリーが可愛い。僕はもっとシェリーの可愛いところが舞台で示せるよう頑張るよ」
「!!?」
「リサリー嬢、先にカルロとシャーロットの逢引シーンを演ろうか」
「いいですね。そのシーンを見て、シャーロットの方向性を固めます」
そこから私は、エル……じゃなかったカルロに、散々愛の言葉攻めにされて、茹で蛸の様になってしまった。
台本に載っていない愛の言葉のアドリブの嵐に、クラスの男性陣は頬を赤くしてそっと目を逸らすし、女性陣はキャーキャー喜んでいる。
死にそうなのは私だけのようだ。これは一体なんなの、新手の拷問?
ちなみに、白ウサギ役はユリ様で、黒ウサギ役はクリスティアナ様だ。本来、黒ウサギは男性が演じる者なのだけれども、わんわん泣くシーンが、貴族の令息には耐え難いらしく、毎年、第一学年の特進クラスでは、女子生徒が担当している。
「フィリーちゃん見て見て、うさみみ、可愛いでしょう!」
白いウサギ耳がついたカチューシャをつけているユリ様は、本人が言うとおり、本当に可愛かった。ピンクブロンドの髪が、耳の内側の色と合っていて素晴らしい。
「おや、似合ってますね。可愛らしい」
「!?」
「バージル卿」
私が感想を言う前に、後ろから感想が降ってきた。
少し派手目に装飾された、黒い騎士服に身を包んだバージル卿がそこに立っている。背丈もあり体を鍛えている彼は、騎士服に身を包むとそれだけで様になっていた。要するに格好良い。
「バージル卿、その服は……」
「上着は衣装で、下は黒ならなんでもいいので自前です。戦闘シーンの衣装は毎年これを使うらしいですよ。サイズが合ってよかった」
「お父様方の制服のお下がりなどではないんですね」
「王宮兵士の制服を流出させることは禁止されていますからね。この服も、一目で舞台用と分かるように、装飾が派手にしてあるようです」
「なるほど……それでも、着こなしていて凄いわ。とても似合っていて素敵です。ね、ユリ様」
そっと話を振ると、林檎みたいなほっぺをしたユリ様が、わたしに振らないで!? みたいな顔をしていた。
そんなユリ様の顔を、バージル卿が覗き込む。
「ユリアネージュ嬢。私には感想をくれないのですか?」
「かっ……感想……?」
「はい」
言葉少なに、静かに微笑んで待っているバージル卿に、ユリ様は目を彷徨わせながら逡巡している。しかし、彼のうきうきと待っている気配に根負けしたのか、床を見ながらぽつりと呟いた。
「似合って、ます」
「それだけですか?」
「え!? ちゃ、ちゃんと感想を言ったじゃないですか!」
「私は可愛いと言ったのに。残念です。ねえ、フィルシェリー様」
「そうですね。せっかくだからもう一声ほしいです」
「フィリーちゃん!?」
にこにこ笑っている私とバージル卿に、ユリ様が逃げそうな気配がしたので、ガッとユリ様の腕を掴んでおく。ユリ様は驚いたように私を見たけれども、笑顔で応えておいた。
「……っこいいです」
「よく聞こえなかったので、もう一度」
「意地悪ばっかり言って! もう知らない」
「それはすみません。褒めたりもしていたつもりですが、聞こえてなかったみたいですね。……とても素敵ですよ」
優しげに笑うバージル卿に、ユリ様は私の後ろに隠れてしまう。そのせいで、バージル卿の笑顔が私に直撃してしまった。完全に流れ弾である。
(これは……凄いわ……!)
バージル卿は顔がいい。そして、普段涼しげな顔をしている。さらに、騎士服の衣装が、そんな彼の魅力をこれでもかと引き出している。
そんな彼にこんなふうに優しく微笑まれたら、世の女性なら誰でも落ちてしまうのではないだろうか。しかも、どうやら彼自身はその辺りに無頓着というか、無自覚っぽいのだ。そこがまた女心をくすぐってくる。恐ろしい。
エルがいるから私は平気だけれども、恋愛防御力が低いと思しきユリ様の負傷はいかほどのものか……。
私の角度からは見えないけれども、バージル卿は、ユリ様の反応に満足したらしい。彼はいつしかのように、くつくつ笑いながら教室を出て行ってしまった。これから戦闘シーン組の打合せがあるとのこと。
取り残された私は、ふとユリ様の方を見ると、ユリ様もこちらを縋るように見ていた。
「……ユリ様、可愛いです」
「うさみみの話だよね!?」
なんの話でしょうね?
フィルシェリーは無自覚にバージル推し。




