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50 後で一杯



 魔法史博物館の視察の後は、ランチをした後、私達は魔石や宝石の採掘場を見せてもらった。翌日も、魔石の加工体験をしたり、キャドバリー伯爵領の中心街で魔石やジュエリーの販売店を訪れたりと、キャドバリー伯爵の案内の下、2日間ともに充実した視察となった。


 困ったことがあったとすれば、ジュエリーの販売店で、ルーカス殿下とエルが競うようにセラフィナ先輩と私にジュエリーを買おうとするので、それを止めるのが大変だったことくらいか。


「どれも似合うな。やはりセラには希少なルビーが一番似合う」

「そう? ありがとう、嬉しいわ」

「シェリーが身につけると、どの宝石も輝くようだね。これとこれとこれなんかどうかな」

「あ、ありがとう……」


 宝石の産地への視察ということで予想はしていたけれども、二人の王子はこぞって私たちにジュエリーを買え与えようとしてくる。

 真っ白なショーケースの中に並べられたジュエリーはどれも輝いていて、見ているだけで本当に楽しい。けれども、ちょっと注目しただけで何でもかんでも贈ってこようとする人間が隣にいるとなると話は別だ。

 王族が宝石の産地へ視察にくるのだから、行く方も迎える方も、買う気満々売る気満々なのは分かる。けれども、過剰に買い与えられるのは正直重い。しかも、キャドバリー産の宝石は本当に質がいいので、キャドバリー伯爵領にはいい職人が集まるし、加工技術が高い分、お値段も相当に張ってくるのだ。

 結局、私もセラフィナ先輩も、お茶会用のドレスに合うものを、ネックレス、ピアス、ブレスレットの1セット購入してもらうことになった。そして、2セット目に手をつけようとする男性陣を、とにかく止めた。二人の王子には、婚約者用の予算と自分達で稼いだ事業費が潤沢にあるらしいけれども、前者はともかく、後者は自分達のために使ってほしいし、これ以上は際限がなくなってしまう。



 あれよあれよという間に、視察の日程は終わってしまって、王都に戻る4日目となってしまった。

 キャドバリー伯爵家の長女のカトリーナ嬢と二女のキャロライン嬢は、涙目で私たちを見送ってくれた。最終日、私たちはセラフィナ先輩の寝室でこっそり夜の女子会を開いて、親睦を深めていたのだ。


「来年になったら、私、セイントルキア学園に入学なんです。絶対会いに行きます!」

「お姉ちゃんずるい! 私だって会いたい……」


 抜け駆けだとカトリーナ嬢を責めるキャロライン嬢に、私もセラフィナ先輩も微笑む。


「キャロライン様も、夏休みにはカトリーナ様に会いに王都に来られるでしょう? よかったらその時にぜひ、私達とも会いましょう」

「本当ですか? フィルシェリー様、セラフィナ様、絶対ですよ!」

「うん。約束したよ、来年また会おう」


 二人の可愛い令嬢と別れを告げて、私達はまた、あの長距離用の箱馬車に乗り込んだ。

 ルーカス殿下は、若干機嫌が悪かった。


「セラは夜にあの令嬢達と親睦を深めていたのか。なぜ俺も呼ばなかった」

「……」


 なぜ。女子会に。ナチュラルに参加しようと思うのか。


 もはや、セラフィナ先輩は何も言わずに、静かに紅茶を飲んでいた。

 私は、そっとエルの手を握った。私の困った顔を見て、エルは苦笑していた。




 王宮に着いて、ルーカス殿下達を王宮内の賓客用の部屋に送り届けた後、当然のように私はエルの部屋に連れて行かれた。

 エルはこれから、私をブランシェール公爵邸に送り届けることを理由に、ルーカス殿下と夕食を共にしないこととなっている。だから、ここからエルを止めるものはもう何もないのだ。


「シェリー! 後で一杯慰めてくれるって言ったよね!?」

「……」


 目が爛々と輝いていて、尻尾があったらブンブン揺らしていそうな勢いだ。これはまずい。期待値が高すぎる。なんなら夕方だしもう帰りたい。王都のブランシェール公爵邸では、夕食を用意してお父様が私の帰りを待っている……。

 しかし、旅行初日からお預けを食らわされたエルは、相当この瞬間を楽しみにしていたらしい。なんと部屋に鍵をかけた上、私を抱きしめて離してくれないので、私は覚悟を決めた。


「エル、分かったわ。とりあえずソファに座りましょう」

「僕はこのままでも」

「いいから」


 必死にエルを誘導して、ソファへと促す。

 そわそわ待っているエルの頭を、ふわふわと撫でた。


「ラファエル殿下はよく頑張りました。本当に偉いわ」

「……」


 半目でこちらを見てくるエルから、私は目を逸らす。


「シェリー。僕はこの数日、本当に頑張ったと思う」

「……」

「男色扱いされてもめげなかったし、去年みたいに、あの暴君に対して何度も帰れと言わなかった」


 去年はそんなことをしていたのか。


「シェリー」

「……」


 じっとり見てくるエルに、私は根負けした。


 私だって、エルと二人になりたいなぁとは思っていたのだ。視察目的とはいえ、好きな人と旅行に行ったのだから、ちょっとくらい普段と違った感じに仲良くしたい。ただ、ちょっと期待が重い。それに、慰めるとなると、何をしたらいいのだろう。

 少し考えた後、とりあえず、エルを抱き締めることにした。


「エル、こっちに来て」


 私は手を広げて、エルを待つ。大人しく近くに寄ってきたエルの頭を、そっと自分の肩まで引き寄せて抱きしめる。エルはちょっと驚いた様子だったけれども、私にされるがままになっていた。

 ……これは思ったより楽しいかもしれない。

 ふわふわの髪の毛に頬擦りしながら、私はエルの耳元にそっと口づけをした。


「ルーカス殿下って凄いのね。悪い方じゃないんだけど、その……」

「疲れるだろう?」

「そ、そうね。……去年まで、大変だったでしょう? 今回もだけど」

「うん」

「あのね。今回の視察で、エルは真面目にお仕事を頑張ってるんだなってしみじみ思ったの。いつも思ってはいたんだけど、実感したっていうか」


 私の言葉に、エルは何も言わない。


「お疲れ様。頑張ってるエルも好きだけど、今日はゆっくり休んでね。大好き」


 エルは不思議と、何も反応しなかった。

 私は機嫌よく、ふわふわの髪の毛を手でも撫でながら、なんだか幸せで、ふふ、と笑ってしまう。


 もしかして、それがいけなかったのだろうか。


「――え、あれ?」


 世界が反転したと思ったら、エルに押し倒されていた。

 エルは耳まで赤くなっている。部屋には二人きり、隣の部屋には寝室、鍵のかかった外扉。あれ?


「君が好きだ」

「え、あの」

「本当に、本当に好きだ。もうさ、学生結婚しよう。今日だって、公爵邸に帰らなくたっていいじゃないか。早く結婚したい……」

「エル? その、落ち着いて」

「それは無理」


 エルが、ソファに押し倒した私の肩口に顔を(うず)めてきて、私はびくりと震えてしまう。

 けれども意外なことに、エルはそこから微動だにしなかった。どうやら、エルは何かと戦っているらしい。どうしたらいいのだ。とりあえず、エルの理性への援護射撃をしたい。


「あのね、エル。我慢できたら一杯キスしてあげる」

「我慢できなくても一杯キスするんだよ」

「わ、私からはしないわ」

「どうかな」

「エル!」


 思わず声を上げた私に、エルが耳元でくつくつ笑っている。

 暴走するエルを私が嗜めていたはずなのに、気がついたら私がエルに笑われていた。なんなの、もう!


「そう言う意地悪を言うなら、もう慰めないから!」

「ごめんごめん。……ちょっと、感極まった」


 くすくす笑いながら、でもエルは、私に覆いかぶさったまま動かない。まだ戦いは続いているらしい。


「あの、あのね。後2年半したら、すぐ結婚でしょう?」

「卒業後すぐにする。それ以上は待てない」

「ならもうすぐだわ。もうちょっと頑張って」

「全然すぐじゃないから、頑張りたくない……」


 駄々っ子モードのエルに、今度は私が笑ってしまった。


「私の王子様はそんなに甘えたな男の人だったの?」

「そうだよ。シェリーに甘えることが僕の生きがいだ」

「お手軽な王子様なのね」

「うん。だから、手軽に調子に乗らせて」


 エルが私の頰にキスをしてくるのがくすぐったくて、私はくすくす笑いながらエルを抱き締める。


「ここで手を出したら、きっとお父様の力で卒業まで会えなくなるわ」

「なんて恐ろしいお義父様だ。やっぱり、もう公爵邸には帰せないな」

「あら、学園はどうするの?」

「二人で辞めて、ずっと部屋に篭る」

「引きこもってたら、デートもできなくなっちゃうわね」

「夜にこっそり抜け出して、誰にも見つからないようにデートするんだ」

「月明かりで逢引するのね。物語に出てきそう……」


 気を逸らすように会話を続けながらも、お互いの唇が触れ合うまで、そう時間はかからなかった。

 3泊4日という長い時間一緒にいたけれども、二人だけで話す時間は普段より少なかったので、結局のところ、お互いに焦れるばかりで不満が溜まっていたらしい。

 私達はくすくす笑いながら、キスをしたり抱きついたりと、久しぶりに二人だけで思う存分仲睦まじく過ごした。本当に楽しかったし、正直私も帰りたくなかった。


 だから、エルが私を公爵邸に送り届けるのが、お父様にちくりと嫌味を言われてしまうくらい遅くなってしまったのは、詮のないことなのだ。




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