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悪役令嬢は大嫌いな残念王子に籠絡される  作者: 黒猫かりん
第2章 ときめき学園ラブリー生活
36/84

36 お仕置き 前編 ※残念王子目線



 ブランシェール公爵の考えた罰は、流石だ。

 僕が一番ダメージを受ける方法を採用している。



 僕は正直、宿題が増えようと、筋トレを要求されようと、小遣いを減らされようと、その他無理な要求をされようとも、覚悟の上だったし、別に構わなかった。

 でも、シェリーとの接触禁止を言い渡されるとは思っていなかった。毎日同じ教室に通っているし、学業の都合上、どちらかが旅に出るような罰も難しいから、接触禁止は物理的に無理だと思っていた。


 だから、シェリーが見えなくなった時は、正直慌てた。


「シェリー!? ――ブランシェール公爵!」

「落ち着きなさい、二人とも。別に、誰もこの部屋からいなくなっていないよ。フィリーと殿下が、お互いを認識できていないだけだ」


 自分の椅子に座っていたブランシェール公爵が立ち上がって、僕の隣にいる何かを撫でる。

 おそらくシェリーの頭を撫でているのだろう。


 フィリーがいるはずのところに、誰かがいることは、何となく認識できる。

 けれども、目を凝らしても、僕にはその姿がはっきりとは見えなかった。


「殿下には何の魔法をかけていませんから、安心してください。王族に無断で魔法をかけるなんてことをしたら、私も首が飛びますからね」


 目が笑っていないその笑顔に、僕は呆然と立ちすくむ。


「では殿下、お帰りください。道中、お気をつけて」


 そう言われて、僕はブランシェール公爵家を追い返されてしまった。


 全面的に非がある身なので、抗議することはできない。

 僕は、シェリーとの接触禁止を、甘んじて受ける他なかった。





 帰り道、僕は馬車の中で、何度もため息をつく。


 仲直りしたばかりな上、今日も今日とてシェリーに心を何度も鷲掴みにされた僕は、既にシェリーに会いたくて仕方がなかった。


 辛い。

 自分が悪いと分かっていても、辛い。

 1週間なんて長すぎる。


 何せ僕は、シェリーに出会ってからというもの、ほとんどずっとシェリーと一緒にいたのだ。


 シェリーは僕との婚約後、王妃教育のために3日と空けずに王宮に通っていたし、僕はその度にシェリーに会いに行っていた。

 セイントルキア学園に通うようになってからは、週末以外、毎日顔を合わせている。

 例外は、13歳の春に、隣国のルシエンテス王国に視察に行った時くらいだ。確かあの時はシェリーが恋しすぎて、セラフィナ嬢がいた卒業パーティーでも、色んな人にシェリーのことばかり話してしまったような気がする。


 シェリーは、僕に会えなくても、平気だろうか……。


 そんなことを思いながら、こんな時のために、シェリーの髪の一房でも貰っておけばよかったと思う僕は、結構なシェリー中毒者だった。





********************





 王宮(いえ)に帰って両親に事の顛末を告げ、しでかしたことについて謝罪すると、両親も目を丸くしていた。


「ほう、確かにお前には全く魔法をかけられた気配がない。ブランシェール公爵、やるなぁ……」

「父上、感心している場合ではありません」

「そうは言ってもな。今回はお前が全面的に悪い。無理を言って婚約させてもらった身でありながら、公爵の掌中の珠であるフィリーちゃんを傷つけたのだから、甘んじて受け入れなさい」


 ちょっと待て、なんで父上がシェリーのことを愛称で呼んでいるのだ。


「フィリーちゃんはたまに、王妃教育の前に私達と楽しくお茶をしているからな」

「あなた達の仲が改善した後からのことだけれどね。ラフの昔話をすると、嬉しそうにしてくれるのが本当に可愛いのよ」


 きゃっきゃうふふと、両親はシェリーの可愛さについて語る。

 なんだ、そんな話を聞いたら、よりシェリーに会いたくなるじゃないか!


「状況報告に伺っただけですので、失礼します」

「ラフ」


 父上の低い声に、僕は振り返る。


「次にフィリーちゃんを泣かせたら、今度は私も罰を下すからな」


 さすがは僕のシェリーだ。僕の両親を、たった数ヶ月で見事に掌握している。


 僕はペコリと頭を下げて、そのまま退出した。


 シェリーと別れてからまだ数時間しか立っていない。でもやっぱり、シェリーに会いたい。





********************





 次の日、学園は騒然としていた。


 主に、僕のクラス内のことだったが。


「殿下、本当に、フィリーのことが見えないんですか?」


 そう言って不思議そうにしているのは、シェリーの友人のソフィア嬢だ。

 ソフィア嬢だけではない、クラスメート全員が、僕達の様子を面白がって見ている。


 シェリーの席は、僕の席の斜め前だ。

 斜め前の椅子には、誰かいるような気がしなくはないけれども、そこにはっきりとした姿は見えない。でも多分、シェリーがいるのだろう。


「今、フィルシェリー様が殿下の方を見ているの、分かりますか?」


 シェリーの友人のリサリー嬢が、心配そうに僕に話しかける。

 僕は、申し訳ないけれども全く分からない旨を伝えて項垂れる。


「殿下もフィルシェリー様も、そんなに落ち込まれてしまって……見ているこちらまで辛いですわ……」


 クリスティアナ嬢が、悲しそうに僕とシェリー(がいると思しき場所)を見ている。

 

 そうか、シェリーも辛そうにしているのか。

 僕に会えなくて落ち込んでくれるのは嬉しいけれども、シェリーは僕のせいで飛んだとばっちりだ。本当に申し訳ない。


「クリスティアナ嬢。もしよかったら、シェリーにごめんねって伝えてくれる?」


 クリスティアナ嬢は、心得たとばかりにこくりと頷くと、シェリーがいると思しき場所にこそこそと耳打ちしてくれた。

 クリスティアナ嬢が、ふわりと微笑む。彼女は、僕には何もないように見えるシェリーの机から、何かを受け取って、僕にそっと渡してくれた。


 それは、可愛い花模様が入ったメモ用紙だった。二つ折りになっているそれを開くと、シェリーの繊細で可愛らしい字で、メッセージが書かれている。



『親愛なるラファエル殿下へ


 大丈夫よ、私のことは気に病まないで。

 これは、私がちゃんと落とし前をつけられなかったことのお仕置きでもあるの。

 会えないのはとても辛いけれど、いつでもあなたのことを想っているわ。


あなたのフィルシェリー』



 ……良い。


 いや、そうじゃない。

 やっぱり僕のせいで、シェリーまでお仕置きを受けることになってしまったようだ。シェリーは落とし前をつけられなかったせいだというけれども、僕が浮気騒動を起こさなければ、シェリーが叱られることはなかった訳で。


 僕は改めて、今回の件について、反省した。

 完全に、ブランシェール公爵の掌の上である。

 あの人、よくこんな、心を抉ってくるようなことを思いつくな……。


 そしてやっぱり、僕はシェリーに会いたかった。






********************






 その日の放課後、僕とシェリーは職員室に呼ばれた。


 一緒に呼び出されてもお互いが見えなくて不便だろうということで、その日の日直であるマイルズとリサリー嬢が僕達に付き添ってくれた。

 別に付き添ってくれなくてもいいんだけどな。なんとなく、誰かがいるのは分かる仕様になっているから。


「殿下、本当に1週間このままなんですか……?」

「……そう、ブランシェール公爵に言われている」


 底なし沼に嵌まったみたいに暗い雰囲気の僕に、マイルズが、前髪の奥からチラチラ目線を投げてくる。

 憐れみに満ちた目線を受けるのも、大分慣れてきた。……後1週間、これが続くのか……。



 職員室までたどり着くと、日直の二人から、担任教師のクリフトン先生に、僕達は引き渡された。


「ラファエル殿下、ブランシェール公爵令嬢。わざわざ来てもらって、本当にすまないね」


 呼び出した本人であるクリフトン先生は、憐れむように僕達を見ている。


 60代である彼は、穏やかで柔らかい雰囲気の、おっとりとした男性だ。クーガー侯爵家の5男として生まれ、知識も深く、生徒だけでなく親からも人気の教師だった。毎年、第1学年の特進クラスの担任を受け持っているらしい。


「それにしても驚かされたよ。朝一でブラッドリー君から、『うちの娘は、ラファエル殿下と1週間、接触禁止にしたのでよろしく』と遠距離通話(テレフォン)がかかってきてね」


 ブランシェール公爵のことを、名前で呼んでいる。そういえば、ブランシェール公爵も、クリフトン先生の教え子だったか。


 僕はそんなことを思いながら、ちらりと壁にかけられた魔法具――遠距離通話機(テレフォン)を見る。


 そう。この世界、なんと電話があるのだ!

 いや、電気じゃなくて魔力を使っているから、電話じゃないのだけれども。遠く(テレ)(フォン)を届ける機械――テレフォンは存在する。

 とはいえ、普及率が低い。有線で代表的な施設だけを繋ぐような形で設置されているような代物で、設置メンテナンス費用が相当に高いのだ。だから、緊急時以外は、基本的に皆、手紙を使う。ブランシェール公爵はおそらく今回、彼の職場である王宮の設備を利用したに違いない。


 なお、魔法具なしに魔法で通話しよとすると、できなくはないけれども、魔力消費量が大変なことになる。目標となる相手を定めるのが大変だし、その人物にだけ聴こえるようにするのも相当な技術が必要だ。

 使い魔――小精霊を使役しての伝達方法もなくはないが、彼らは気まぐれなので、伝言が行き渡らないことが多い。



「二人とも、ブラッドリー……ブランシェール公爵からは何か聞いているかな?」

「はい。僕がやらかしたことに対する罰だと聞いて……」

「――待った待った」


 クリフトン先生が耳を塞いで困ったようにしている。


「そうか、本当に二人は、お互いが見えないし、声も聞こえないんだね。同時に話していても、本人達には分からないのか……。ええと、では、ラファエル殿下からどうぞ」


 促された僕は、詳細は省きつつ、ブランシェール公爵の親としてのお仕置きなのだと説明する。

 クリフトン先生は、僕が話したままの内容を一度言葉にした後、「ブランシェール公爵令嬢も、この内容で間違いがないね?」と、シェリーがいると思しき場所に向かって問いかけていた。

 はー、と息を吐いたクリフトン先生は、呆れたような顔で僕達を見ていた。


「事情はなんとなく分かった。いや、それにしても凄いなあ。学園では原則、魔法が禁止されているというのに」


 学園内では、授業以外で魔法を使うことは基本的に禁止されている。

 とはいえ、やはり魔法は便利だ。

 シャーペン使用禁止の小学校でこっそり使う生徒がいるような感覚で、魔法を禁止されていても、実際にはこっそり魔法を使っている生徒は多い。

 ただし、あまり濫用されると危険なので、学園内には結界が張ってあって、一定以上の魔力を込めた魔法の使用が確認されると、職員室で警報が鳴る仕組みになっていた。


「警報、ならないんだよねえ。凄いことだよ、これは」

「そうなんですか?」

「うん。ブランシェール公爵令嬢を認識できないのは、ラファエル殿下だけなんだろう? 誰にも認識されないように、魔法で覆うことは簡単だ。けれども、特定の対象からのみ認識されないようにするのは、非常に高等な技術を要するね。しかも、ラファエル殿下には、一切魔法がかけられていないんだろう?」

「はい」

「これだけ低燃費の魔法で、よくもまあこんな暗殺向きのものを構築したものだ。国の宰相なのに、国立研究所の職員並みの魔法を使うじゃあないか。いや、怖いなあ」


 僕は、ブランシェール公爵に渡された、一片の紙をポケットから取り出す。

 四つ折りになった、手のひらサイズの白紙だ。これが消滅したら罰は終了だ、と言われている。これに何か、仕掛けが施されているんだろうか。


「そんな訳でね。二人が良かったら、協力してもらえないかな?」

「協力?」


 目を丸くしてクリフトン先生を見返すと、その後ろに、ネストリヴェル先生が息を荒くして立っていた。


「そう! 協力してほしいのです、殿下!」


 怖い。目が血走っている。生徒を見る目ではない。シェリーは怯えていないだろうか。


「こんな高等魔法を見る機会は、なかなかありません! 教師全員が興味津々です!」

「……特に、ネストリヴェル先生が、君達に接触させろとうるさくてね……」


 ごめんね、と申し訳なさそうにしているクリフトン先生。

 僕は眉をハの字にしたものの、承諾することにした。

 何しろ、認識できないとはいえ、先生達の興味に付き合っている間は隣にシェリーがいるのだ。シェリーと同じ空間に居るついでに、先生達に恩を売っておくのも悪くない。


「シェリーがいいなら、別にいいですよ」

「……二人とも仲がいいんだねえ」


 どうやら僕達は、同時に同じ内容の返事をしたらしい。

 嬉しくて、チラチラとシェリーがいるはずの場所に目をやってしまう。


 その様子を見たクリフトン先生は、「……本当にお互い見えてないの?」と笑いながら、僕達を応接室に促して、コーヒーを淹れてくれた。



 そこからたっぷり1時間、僕達は先生達に弄ばれた。


 先生達は、目を爛々とさせながら、「今、お二人の手が接触してます! 全く認識できませんか!?」とか、「お互いの向こう側にある資料の文字が読めるか、試してみましょう!」とか、もう本当に、子供の夏休みの実験モードだ。


 しかも、先生達が実験結果に浮かれながら、シェリーの様子をありありと語るものだから、僕はますますシェリーで頭が一杯になってしまった。


 やっぱり、早くシェリーに会いたい。


 たった1日で、僕は精神的に死にそうだった。




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