表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は大嫌いな残念王子に籠絡される  作者: 黒猫かりん
第2章 ときめき学園ラブリー生活
20/84

20 裏庭の黒い彼



 目の前から後ろの方にかけて白い影が走った気がして、私は振り返る。



 ふと廊下を見ると、そこに白い影が佇んでいた。




「……白猫さん?」

「にゃうん」



 背中に、金色のハートマーク模様のある、可愛い白猫だった。

 目の色は、私と同じアイスブルー。こちらを誘うようにみた後、トコトコと歩いて行く。



「――待って、どこに行くの?」



 こっちに来いとばかりに振り向きながら、白猫はてくてくと進んでいく。


(学園にも動物っているのね。隣接の森から来たのかしら)


 不思議に思いながら、白猫について、校舎を出る。


 私はふと、周りの生徒が、白猫を全く気にしていないことに気がついた。


(……学園ではお馴染みの猫さんなのかしら?)


 不思議に思いながらついていくと、白猫は何やら、芝生ゾーンのうち、大きな木の木陰になっているベンチのところでくるくると回る。


「ここに座れってこと?」

「にゃうにゃう」


 か、可愛い……!


 可愛く首を傾げながらおねだりされてしまっては、断ることもできない。

 ふわりとベンチに腰を下ろすと、白猫は満足げに、私の膝の上に丸まって、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「……ここでお昼寝がしたいの?」

「なーん」

「困った子ね。……お昼休みが終わるまでよ?」

「にゃう!」


 そっと手で頭を撫でると、白猫は気持ちよさそうに目を細めた。お昼休み、終わらなければいいのに……!


「……何してるんだ」

「――きゃっ」


 急に上から話しかけられて、私はつい声を上げてしまう。


(……上?)


 驚いて振り仰ぐと、ベンチの後ろに立っている大きな木の上に、なんと人がいた。


「何してるんですか!?」

「俺が先に聞いてるんだ」


 そう言うと彼は、ふわりとベンチの後ろに降り立つ。


「浮遊魔法……? 風魔法ですか?」

「違う。……別になんだっていいだろう」


 私の言葉が気に障ったのか、鬱陶しそうにそう言うと、彼はどかりと音を立てて私の隣に座った。私の膝の上の白猫が、びくりと身を震わせて私に擦り寄ってくる。


 もう、と思って彼を睨むと、彼は若干の怯えたような目をした。私の吊り目で遠慮なく睨んだから、相当威圧感が出たのだろう。その効果に私は心の中で満足する。


 よくよく見ると、彼は伸ばした黒髪を後ろで一つに束ねた、紫色の澄んだ目が印象的な、顔立ちの整った令息だった。どことなく、エルと似ている気がする。なんて卑怯なの。内弁慶な私の割と硬めな警戒心が薄れてしまうじゃないの……。


「……あの。この子が驚いてしまうので、やめてください」

「この子ってなんだよ」

「え? だから、私の膝の上にいる、この子です」

「何もいない」

「えっ」


 私は目を丸くする。目をぱちぱちと瞬きながら、白猫に目をやると、白猫はなんだか得意げな顔で目を細めた。


「白い猫が……」

「俺にそいつの姿は見えない。猫の姿なのか」


 こくりと頷く私に、彼は目を細めながら、訝るように私の膝を見る。


「……よくよく気にすると、何かいるような気はする」

「そうなんですか?」

「ああ。でも姿は見えない。……なんだ、でかい独り言を言ってるのかと思った」

「そんなふうに見えていたのですか」


 どうりで、こんなに可愛い白猫を追いかけていたのに、誰にも声をかけられないし、注目も浴びないはずだ。むしろ、このベンチに座ってからの私は、傍目には不審者だったのだろう。

 涙目の私に、目の前の彼がくつくつと笑う。


「ここで落ち込むのか。あんたは、もっと我が強くてきつい女だと思ってたよ」

「私を知っているのですか?」

「知らない奴なんているのか? シルバーブロンドの髪に、アイスブルーの吊り目。第一王子を袖にしてた有名な女だ」

「……袖になんて、そんな」


 今まで、エルとの婚約解消に向けて相当頑張っていたとはいえ、こんなふうに言われる程有名になってしまっていたのだろうか。エルはよく、私との婚約に関して心が折れなかったものだ。


「その様子を見ると、結局落ちたみたいだな。あんたもその辺の女と同じってことか」


 つまらなそうに嘯く彼に、私は目を瞬く。


「あなたは、ラファエル殿下に興味がおありなのですね」

「……別に」

「ニューウェル卿」

「なんだ、気がついていたのか」

「なんとなくですが」


 彼は、ラファエル殿下の従兄弟だ。現国王陛下の弟君であるニューウェル公爵の長男。ニコラス=ニューウェル。


「あんな、軽薄そうな笑顔の奴のどこがいいんだか」


 彼のあんまりな言い方に、私は吹き出してしまう。


「……そうですね。ラファエル殿下はずっとへらへらしてますもんね」

「あんた、怒らないのか」

「ええ? だって、私もそう思ってましたもの」


 くすくす笑う私に、彼は目を丸くする。


「私はラファエル殿下のことが大嫌いなのに、皆がラファエル殿下を褒め称えるから、すっごく腹が立ってました。あんな、へらへらしてるだけの人! って。彼が無闇に優秀だったのが原因なんですけど」

「その割に努力はしてなさそうだしな」

「そうそう。人の得意分野ですら、さらっとこなして超えてくるから、モヤモヤするんですよね」

「自分ができることの価値を分かってない奴だ」

「そう思います。自己評価の低さが、逆にこっちを傷つけるんですよ! 本当に、酷い人」


 楽しそうにエルの悪口を言う私に、ニューウェル卿は、毒気を抜かれたような顔でこちらを見る。


「……それでもあんたは、あいつが好きなんだろう? 趣味が悪い」


 趣味が悪い。自分でもそう思う。普段エルは周りに王子様ぶっているから、ニューウェル卿は知らないかもしれないけれども、ここにさらに、女好き、小心者、身勝手という特典がついてくるのだ。

 自己評価が低くて、普段は身勝手なのに実は弱くて、それでも頑張って立っている私の婚約者。


「自分でもそう思います。――私、本当に趣味が悪いの」


 つい、満面の笑みが溢れた。

 心に浮かぶのは、私の金色のあの人。――大好き。


 ニューウェル卿が、目を見開いて言葉を飲み込む。


「――にゃうん!」


 その時、私の膝の上の白猫が、一声鳴いた。

 目線をやると、白猫は何故だかこの上ないほど幸せそうに、私に顔を擦り付けながらゴロゴロ喉を鳴らしている。


「ご機嫌なのね?」

「なぁーん」


 頭を撫でていると、ニューウェル卿が、呆然としたように私を――私達を、見ていた。


「……見えた」

「え?」

「猫。真っ白で、背中に金の模様がある」


 私は驚いて彼を見る。彼は何故か、ふいと目を逸らした。


「そいつは、結構な上位精霊なのかもな」

「上位精霊?」

「そう。精霊は基本的に、形を持たない。精霊召喚で人が呼び出さない限り、人には目視も難しい。こいつはあんたの呼んだ精霊じゃないんだろう?」

「はい。その辺を歩いていて」

「野良か。ならそいつは自分で、俺達に目視できるように姿をとっているんだ。こうやって一部の人にしか見えないなら大精霊ではないだろうが、それなりの奴だろう。学園に野良猫はいない」


 目を瞬く私に、白猫は素知らぬふりで、私の膝の上で伸びをしている。


「お詳しいんですね」

「……別に。これくらい1年の授業で習う」

「そういえば、ニューウェル卿は今、第2学年でしたね」

「よく知ってるな」

「それは、まあ」


 皮肉げに笑う彼に、私は首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうか。


「どうせ、俺の噂だって知ってるんだろう」

「噂?」

「……落ちこぼれの王弟の子で、闇属性の根暗だってな」


 私は目を見開く。そのワード、聞き捨てならない!


「闇属性?」

「そうだ。王族なのに、陰湿な魔法の使い手だと揶揄(やゆ)されて……」

「――私もなんです!」

「は?」

「私も、闇属性なんです! 昨日の属性検査で発覚して」


 必死の形相の私に、ニューウェル卿は目を見開く。


「あんたが?」

「はい! 私も、きっと根暗の誹りを受けるに違いありません……」

「え、いや、あんたはそんなことは……」

「いいえ! 優しげな顔立ちのニューウェル卿でもそんなふうに言われるなら、私はもっとだめです。だって私、こんなに吊り目で怖いんですよ?」


 そう言って私が自分の吊り目を指でさらに尖らせると、ニューウェル卿がぶはっと噴き出した。


「いや、お前、公爵令嬢なのに捨て身すぎじゃないか」

「……流石に笑いすぎです」

「悪かった。いやだめだ、お腹が痛い」


 くつくつと笑いが止まらない様子の彼を、私が拗ねたように睨みつける。すると彼は、私の機嫌を取るように、ぽんと私の頭に手を乗せた。

 それを見た白猫は、何故だか抗議するように、なごなごと声を上げる。しかし私が、「どうしたのー?」と言いながらわしゃわしゃ撫で上げると、(とろ)けたようにお腹を見せて、全てを忘れたように、にゃふんと一声鳴いた。ああ……可愛い……。


「あれ? そういえば、闇属性が出たのは5年振りって、ネストリヴェル先生が……」

「ああ、俺はこの学園で魔法適正検査は受けてないからな。もう何年も前に、王宮で受けた」


 なるほど。エルは私達と一緒に検査を受けたけれども、王族やその親族だと例外的に早めに受けるとか、そういうこともあるのかもしれない。


「ちなみに、この学園にはあと1人だけ、闇属性が得意な奴がいるぞ」

「えっ」

「そいつは確か、隣国で魔法適正検査を受けていたはずだ。だから、この学園の検査で闇属性を出したのは、お前が5年振りなんじゃないか」


 ええー、会ってみたい。もう1人って、どんな人なのかしら。

 しかし、この学園には相当数の生徒がいるはずだけれども、闇属性が得意な生徒は、私を含めて全部で3人ということになるのか。


「学園全体でも3人しかいないなんて、かなり少ないですね」

「まあな。だから、1人が変なことをすると、闇属性が得意な奴全員の印象に転嫁されたりするんだ」


 よくよく聞いてみると、何やら10年前に学園に通っていた闇属性が得意な生徒が、大変個性的な人物だったらしい。

 結果、陰湿だの粘着質だの変人が多いだの、闇属性に関する否定的なジンクスや噂に拍車がかかったのだとか。

 最悪の置き土産だと、ニューウェル卿は吐き捨てるように呟いていた。


「うーん。有名な闇魔法も隠密系ばかりですし、そういう誹りは払拭しづらいかもしれませんね……」


 そうだ、と私は手を叩く。


「ニューウェル卿は何か、素敵な闇魔法はご存知ないんですか?」

「学園2年目のひよっこに無理言うなよ」

「そうですね……」

「いや、頷かれるのも腹が立つ」

「ええ? 繊細すぎませんか」


 不満そうに眉を顰める私に、ニューウェル卿は目を瞬いた。


「そうかもな。……俺は、繊細すぎるのかも」

「そうです。もっとおおらかに生きましょう。王族で権力もあって、それだけ見た目がよくて、お話ししていてもとっても理知的なんですから、未来は可能性でいっぱいです。恵まれてる分、私に優しくしてください」

「お前に優しくするのかよ!」

「言い間違えました。周りに優しくすべきです。手始めに私でどうぞ」

「……お前、なんか見た目と違って、いい根性してるんだな」

「ふふ、褒め言葉です。ありがとうございます」


 前向きでしょう? と嬉しそうに笑う私に、ニューウェル卿も肩の力が抜けたように笑う。


「で、手始めに何をして欲しいんだ?」

「闇属性仲間として、闇属性の明るい未来を築き上げましょう」

「壮大すぎないか」

「夢は大きく」

「全く具体性が見えないが」

「何か、闇魔法で、これ! っていう目立った魔法を考えませんか?」


 ニューウェル卿は、驚いたように私を見る。


「隠遁とか、目眩しとか、精神魔法とか、そういう隠密っぽい魔法じゃなくて、花火みたいに目立つ魔法を考えましょう」

「花火」

「毎年の王都祭りで見る、火魔法による花火とか、光属性の幻想魔術。あれってすごく素敵じゃないですか」


 嬉しそうに語る私に、ニューウェル卿は面白そうに頰を緩める。


「へぇ、そういう浮ついた魔法が好きなんだ」

「そうです。私は結構、浮ついた女です」

「語弊がありすぎないか」

「そうかしら。……とにかく、いい魔法を思いついたら、お互いに教えあって、研究するんです。上手くいけば、第3学年の卒業論文に使えるかもしれませんよ?」


 そう言う私に、彼は意地の悪い顔をする。


「それで、俺が自分の卒論でネタを使い切って、お前の卒論用には何も残らない訳だな」

「ちょっと! すでに裏切りですか?」

「冗談だよ。……まあ、考えておく」

「もう。意地悪な先輩だわ」


 ぷい、とそっぽを向く私に、ニューウェル卿は、ぽつりと呟いた。


「……あんた、面白い女だったんだな」

「?」

「あんたは、なんであいつが好きなんだ?」


 さらり、と髪を掬い取られて、私は目を瞬く。急に、どうしたのだろう。


「私は――」




「――シェリー!」




 エルだった。息を切らして、私達の方に駆けてくる。どうしてここが分かったんだろう。


「エル、どうしたの」

「君が帰ってこないから、嫌な予感がして……。君こそ何をやってるんだ。こんなところで男と二人で」

「え!? ええと、この子が……」

「――ラファエル殿下。お久しぶりです」


 ニューウェル卿が、会話に割り込んでくる。エルは彼を、眉を顰めて睨みつけた。


「……ニコラス。久しぶりだな。こんなところで何をしてるんだ」

「これはまた随分な態度だ。そんなに余裕がないと、ようやく捕まえた小鳥に逃げられてしまうんじゃないかな」

「余計なお世話だ。行こう、シェリー。そろそろ昼休みも終わる」

「えっ、ちょっと待ってください。あの、この子が……」


 そう言って膝の上を見ると、白猫はエルを見て、とても嬉しそうに「なーん」と鳴いた。


「猫?」

「エルには見えるの?」

「……? 普通に見えるけど」


 流れるようにエルが白猫の頭を撫でると、白猫はにゃーんと一声鳴いて、ふわりと溶けるように消えた。


「えっ」

「あ、消えちゃった……」

「やっぱり精霊だったのか」


 白猫が消えた後、キラキラと光る魔力の残滓が残っていたが、それもすぐに消えてしまった。

 私は残念で、つい、白猫のぬくもりの残った自分の膝に手を当てる。


「じゃあ、俺は行く。またな、フィリー」

「え? あ、ちょっと。勝手に愛称で呼ばないでください!」

「ニコラス! お前……」


 慌てる私と怒るエルを置いて、彼は姿を眩ませてしまった。闇魔法だ! なんだか、思った以上に闇魔法、便利かも……?


「シェリー?」


 びくりと肩が震える。やばい。流石のエルも、これには怒っているようだ。


「エ、エル……」

「ずいぶん仲良くなったようだね?」

「そんなことないのよ。さっきの白猫さんについて、色々お話してただけで」

「それで、家族でも婚約者でもないのに愛称を呼ぶくらい仲良くなったんだ?」

「……ごめんなさい」


 こういう時は、言い訳より、素直に謝る方がいいだろう。


「謝るようなことをしたの?」


 よくなかった!


「……エル」

「…………ごめん、意地悪を言った」


 困ったようにエルを見つめる私に、エルはため息をついた。


「あいつは癖のある奴だから、気をつけて。変に気に入られたみたいだし」

「……分かったわ。心配かけてごめんなさい」


 お友達になってしまったし、そもそもエルの親族だから近づかないのは無理かもしれないけど、エルに誤解されるようなことはないように気をつけようと思う。

 こてり、とエルの肩に頭を乗せると、エルはようやく頰を緩めてくれた。


「どうしたの?」

「ううん。ニューウェル卿にね、私がエルのことが好きって話を沢山してたから、甘えたくなったの」


 驚いたように目を見開くエルに、私はふふっと笑って、「好き」と言いながら腕に抱きつく。


「……シェリーは悪い女だなぁ」

「? エル?」

「いや。……ちょっとあいつに同情した」


 首を傾げる私に、エルは少し顔を赤くしながら、教室へ向かって歩き出す。


「……エルは言ってくれないの?」

「シェリー」


 私が不満そうに見つめると、エルは観念したようにため息をついた。


「好きだよ、シェリー」


 その言葉に、私が心からニコニコ笑っていると、エルが何かに耐えるような顔をして言った。


「シェリー。これだけ煽ったんだから、覚悟しておいてね」

「え?」


 一体何のことだろう。




 翌朝、通学の馬車の中でエルに思う存分に好き勝手された私は、エルの目の前でニューウェル卿と話すのは止めようと心の中で誓ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ