呆気ないわ
勢いよく無数の刃が目標に向かって飛び出していく。
ああ、良かった。やっぱり今日は前回と違って随分と落ち着いていられるわ。
「少なくとも十五は刃の数があっただろうな」
「はい!」
喜色満面でそう答えたのに、驚いたことにあの大きな蝶々はひらりと刃の群れを躱し、そのまま距離をつめてくる。
「!」
「慌てなくていい。前回と一緒だ。何度でも撃ち込め」
「は、はい」
「ただ、あいつらは風を読むからな、こっちも頭を使う必要がある」
「……!」
そうよね。だって空を飛ぶ生き物なんですもの。
「だが風属性にとっては逆に倒しやすい敵でもあるんだ。あいつが飛びにくい風を起こして動きを封じることもできるし、あのでかい翅を打ち抜けば、勝ったも同然だろう?」
「分かりましたわ」
あとは自分で考えろとばかりに口を閉じたヴィオル様。わたくしとてそこまでヒントを貰ったからには、倒せないなんて情けない事にはなりたくない。
ぐんぐん近づいてくる蝶々から目を離さずに、わたくしは一生懸命に古い記憶を掘り起こす。
なんせ蝶々に関する記憶なんて幼いころにお庭で泣いている時に見たものがほとんどだ。その時は泣くのに忙しかったし、じっくりと観察していたわけでもない。記憶の欠片を一生懸命つないでわたくしは対策を考える。
蝶々ってひらひらと上下に揺れて飛んでいるように見えるし、ちょっとした風にも流されていたように思えるわ。多分だけれど体に対して翅が極端に大きいから、簡単に風に流されてしまうのね……ということはきっと。
わたくしは唇を引き結び、操風で種類の違う二つの風を生み出した。
まずは下から大きな風の流れで蝶々の大きな体を押し上げる。蝶々の大きな翅は風をとらえ、面白いようにふわりと体を浮かせていく。
「……よしっ」
すかさず上からも風の壁で押さえつける。途端に蝶々は上からと下からの風にあおられて一気に動きが鈍くなった。
「今だわ!」
瞬時に練り上げたウインドカッターを渾身の力で撃ちこめば、逃げられなくなった蝶々の翅に、体に、驚くほど的確にウィンドカッターが飲み込まれていく。
一瞬でズタズタに切り裂かれたらしい蝶々は、あっという間に墜落し姿すら見えなくなった。
「あ……」
「倒したな」
「えっ、本当に?」
呆気なさ過ぎて、わたくしの方が驚いてしまった。
「蝶は飛んでる時はデカく見えるんだが、翅は薄っぺらいし体自体はちっこいからな。倒すと途端に存在感がなくなるんだ」
「そうなのですね……」
かなり遠くで倒してしまったからか、亡骸すら視認できない。でも、近づいて行って確かめる気にはならなかった。
「なんだか呆気なさすぎて、倒した気がしません」
「頼もしいな。だがまぁ、あの蝶は前回戦ったウルフやケッツィよりはだいぶ格下の魔獣だから、そう思えるのも道理かも知れん」
道理で。前回戦った大きな鳥の魔獣は何度ウィンドカッターが命中しても死ななかったもの。あれに比べて随分呆気ないと思った。
「ただ、前回に比べてセレン嬢は落ち着いていただろう? ウィンドカッターの刃の数も勢いも桁違いだったから、セレン嬢の攻撃力が爆上がりしているというのもある。今日は期待が持てそうだ」
「本当ですか!?」
「俺はこういう事で嘘は吐かん」
嬉しい。前回よりもわたくし、かなりマシになったということよね。
「これなら丘から先に足をのばしてもいいだろう」
「もっと強い魔獣が出るのですか?」
「ああ、中級とまではいかないが、ウルフのように複数で出てきたり、頭を使わないと勝てない魔獣と遭遇する頻度が上がる」
「……頑張りますわ!」
「その意気だ。さっきのように魔獣との戦闘はどれだけ相手の弱点をうまく突くかで難易度が格段に変わる。場数をこなし相手を観察し仮定をたてて効果的な闘い方を模索する。それが基本だ」
まるで学校の先生のように、ヴィオル様は丁寧に説明してくれる。こくこくと頷くわたくしに、ヴィオル様はうっすらと微笑んで言った。
「そういうの、セレン嬢は得意だろう?」
「あ、ありがとうございます」
そう思って貰えていたのならば嬉しい。わたくし、期待に応えなければ。
決意と共にこっそり握りこぶしを固めていたら、ヴィオル様が「急ごう、丘の先の森まで行くなら時間が惜しい」と歩き始めた。わたくしも、いつの間にか解けていた防護壁を張り直して急いで後を追う。
「セレン嬢は効果的な闘い方を模索するセンスはありそうだから、俺ができるのは場数をこなすためのサポートだろうな。まぁ魔獣が出やすいポイントはだいたい記憶している。そこは任せてくれ」
「はい! 信頼しております」
前をどんどん進む背中が頼もしい。
当代一の魔術師様は、サポートの仕方までうまいのだと実感する。ヴィオル様って本当にすごいお方なのね。
結局草原を抜けて丘の上に着くまではそれ以上魔獣は出なくて、わたくしたちはまた、暖かな日差しと爽やかな風を堪能しつつ、とっても穏やかな昼食を摂ることになったのだった。




