考え方が、とても好きだわ
ヴィオル様が銀細工の留め具を身につけると、わたくしの目は無条件にその襟元に惹きつけられた。
月と星を象ったものなのかしら、大きめの円形の中に複雑で精緻な模様が施されているだけでなく、細いチェーンで繋がった立体的な星がいくつも揺れている。
真っ黒なローブにひときわ映えて、とても綺麗。
これを選んで本当に良かったわ。ヴィオル様の相変わらず飛び抜けて美しい容姿にとてもよく似合っているのですもの。
「すごくお似合いです!」
「そうか、ありがとう」
照れ臭そうに僅かに苦笑する、そんなヴィオル様がこれまた眼福だ。
「その……嬉しい。大事にする」
本当に大切そうに襟元の留め具を触ってそんな風に言ってくれるヴィオル様に、胸がジーンと温かくなった。
加護もついていない、低級魔獣一体分のお安いアクセサリーだ。きっと魔術師団長という肩書を持つヴィオル様が身につけるには安物過ぎるそれを、大切そうにしてくれるその心が嬉しかった。
ヴィオル様がわたくしにしてくださっていることに比べたら、全然見合うものじゃないと分かっているだけに、これくらいしか出来ないことが申し訳ないけれど。
「今のわたくしにはこれが精一杯ですけれど、いつかすごい魔獣を倒して相応しいお礼を用意したいものですわ」
「馬鹿を言うな」
いつか、もっと良い物を贈りたい。思ったことを率直に言っただけなのに、急にヴィオル様はムッとした顔になった。表情の変化は少ないけれど、それでも何か気に障るようなことを言ってしまったのだということだけは分かる。
一瞬緊張したわたくしに、ヴィオル様はさも心外そうにこう言った。
「これ以上の品はない」
そんな筈はないだろう、と思ったけれどヴィオル様の目が本気だったから、わたくしは思わず口を噤む。
「愛弟子が足も立たなくなるほどの恐怖に打ち勝ってようやく倒した、初めての魔獣討伐の報酬だぞ。それを惜しげもなく全て注ぎ込んで買ってくれた貴重な品だ。これ以上の品があってたまるか」
「ヴィオル様……」
「しかも先が楽しみな細工師が新たな技法に挑戦した証の品だ。金に換えられるものじゃないだろう。俺は今」
「は、はい」
「最高の品を贈って貰ったと思っている」
「ありがとう、ございます……!」
いつにないヴィオル様の勢いに、わたくしは圧倒されてしまった。
そんなにも喜んで貰えていたなんて。
驚きと嬉しさで思わずお礼を言ったら、ヴィオル様が急に優しい顔に転じて微笑んだ。
「ありがとう、はこっちの台詞だろう。本当に嬉しいんだ、ありがとうセレン嬢」
「ヴィオル様……!」
泣いてしまうかと思った。
この方の価値の基準は、金額とか見映えとか、そういうものではないんだわ。そうはっきりと分かった。
わたくし、ヴィオル様が……ヴィオル様の考え方が、とても好きだわ。
「ええと、もう行くか。そろそろ出発しないと討伐の時間が短くなるからな」
「……はい! わたくし、頑張りますわ!!!」
ああ、なんだか力が漲ってくるようだわ。
ちょっと赤くなっている優しくて素晴らしいお師匠様に誓って、わたくし、今日は絶対にかっこよく魔獣を倒して見せるわ!
***
そうして向かった草原は、今日も風が通ってさわさわと草が揺れている。とっても爽やかで日差しも心地よいこんな場所に魔獣が頻繁に出るだなんて、本当になんだか不思議。
そののどかな草原に相応しい可愛い蝶々がヒラヒラと飛んでいるのが見えて、わたくしはついほっこりする。
「まぁ、可愛い。蝶々だわ」
「可愛くないぞ、アレも魔獣だ。今は遠いからあんなモンに見えているが、実際は俺が両手を広げたくらいデカい。ヤツの射程距離に入ったらいきなり襲ってくるし、鱗粉が厄介だ。遠くにいるうちに先手必勝で倒しておいた方がいい」
「えっ」
しまった、そういえばまだ魔獣の本をじっくり読んでいなかった。予習不足だなんて恥ずべき事態だわ。内心悔やむわたくしに、ヴィオル様は淡々と説明を加える。
「結構な確率で鱗粉の毒にやられるし、運が悪けりゃ血とか体液とか吸われて干からびて死ぬ」
「怖い」
でも、相手がまだ戦闘モードに入っていない今ならば、わたくしだって落ち着いて魔術を練ることができる筈。
息を吸って、吐いて。
魔力を一気に高めたら、連射できるように刃の柱へと形を変えて準備する。
瞬間、魔獣の視線を感じた。
遠いからこっちを見たかなんて分からない筈なのに、しっかりと気配を感じる。そしてこちらを認識した途端に、大きく羽ばたいて一気に距離を詰めてきた。
本当、とんでもなく大きい。
あっ、ピリピリしたわ。
これが、以前ヴィオル様が言っていた魔獣の魔力を感じると言うことなのかしら。
ぐんぐん近づいてくる大きな蝶々に、わたくしは落ち着いて狙いを定める。
悪いけれど、今日のわたくしはひと味違うのですわ。ヴィオル様が見守ってくださっていると思うだけで、どこからか力が漲ってくるみたいで、負ける気がしないのですもの。
大きく息を吸い込むと、わたくしは自室にいる時のように無心でウインドカッターを撃ち出した。




