【ヴィオル視点】すごいやる気だ
今日も俺の造った結界に、恐ろしい勢いでウィンドカッターが飲み込まれていく。
おととい草原へ出かけて魔獣と戦うという経験を経たからか、セレン嬢の魔術に対する打ち込み様はさらに上がっていた。昨日も黙々とやっていると思ったが、今日はまたさらに気合いが入ってるんじゃないか?
もうウィンドカッターの刃の数は二十五に到達しようとしている。本当に恐るべき進化速度だ。
「セレン嬢、そのくらいでいいだろう。少し休め」
「もう少しだけ!」
「だーめーだ、一息つけ。やみくもに反復するより数度ごとにじっくりと見直し、対策を講じて再挑戦する方が効率もいい」
「……」
そんな目で見てもダメだ。セレン嬢のことだから魔術を撃ちつつ改善も一緒に考えて実践していそうだが、それでも適度に休憩を入れることは大切なのだ。
「セレン嬢の集中力が並外れていることは理解している。それでも適度に休憩を入れると脳が切り替わっていいアイディアが降りてきたりするものだ。いったん休め」
「……そうね。わたくし、焦りすぎていたかも知れないわ」
「焦ってもいいことはないぞ。まあ、お茶にしよう」
「ええ、そうね」
セレン嬢はさっきまでの鬼気迫る様子から一転、いつもの穏やかな表情に戻って俺の方に歩み寄る。椅子に手をかけて座ろうとして、俺をじっと凝視すると、セレン嬢は突然「ふふっ」と笑い出した。
「? なんだ急に」
「だってしっぽが」
「む」
いつのまにかしっぽが勝手にパタパタとテーブルを打っていた。仕方あるまい、なんせ今日は俺がオーダーしたクッキーがまた食べられる日なのだから。しっぽだってウキウキと跳ねるのが道理だ。
「そんなに楽しみだったの? ごめんなさいね、待ち遠しかったわね」
すっかりリラックスした表情になって、セレン嬢が椅子に座る。いつもの小さなバスケットの中から俺の顔の大きさほどあるクッキーをとりだして、「はい、どうぞ」と差し出してくれた。
それにカプリとかぶりついてお座りしたら、両手でクッキーを支えてはくはくとかじっていく。
至福だ。
このクッキーはここに最初に来た頃に食わせて貰った覚えがあるんだが、もう一回食いたいと思っていたんだ。バターの風味がふわっと香って、食感はサクサク、クッキーなのに親指くらいの分厚さがある。
食べ応えがあって、美味いんだよなぁ。
「食わないのか」
なぜかセレン嬢はこんなにも美味いクッキーを食いもせずに、俺が食うのをただ幸せそうに見ている。
「ちょっと太ってしまったの。さすがに節制しないと」
「太った? そうか? むしろもっと肉がついてもいいと思うがなぁ」
コルセットで締め付けたりするときに困ったりするんだろうか。女性は大変だな。だがそれよりも今は聞きたいことがある。
「セレン嬢、今日はまた昨日にも増してえらく気合いが入っているな。なにかあったのか?」
「あら、そんなにもわたくし、分かりやすかったかしら」
「ああ、鬼気迫るものがあったな。ウインドカッターで結界が壊れるかもしれんと不安になったのは初めてだぞ」
「大げさだわ。でもそうね、まだ詳しくは言えないけれど、絶対に特級魔術師にならなければとさらに決意を新たにするような出来事があったの」
「なるほど」
「わたくし、頑張らなければ!」
またこっそりと握りこぶしを固めているセレン嬢を見ながら、俺は黙ってクッキーをはむはむと噛む。
セレン嬢が言葉を濁したということは、きっと『ヴィオル』には知られたくないことか、まだ情報として一般には公開されていないようなことなんだろう。セレン嬢が話すべきでないと思っていることならば深くは聞くまい。
詮索はやめにして、ここまで気合い満点ならそろそろ次のフェーズに進んでみるか。
「よし分かった、セレン嬢」
「なあに?」
「防護壁を訓練するか」
「!!! 本当!!!?」
ガタッとセレン嬢が立ち上がった。
「ああ、主からもセレン嬢がひとりで魔獣を倒した事は聞いている。あきらめずに戦い抜いたのだと褒めていたぞ。次のフェーズに進んでもいい頃合いだろう」
「ヴィオル様が!? 褒めてくださったの!?」
「ああ」
「ヴィーにもそう言ってくださったということは、慰めではなく本当に褒めてくださったという事よね?」
「当たり前ではないか。慰めだと思っていたのか」
「だってわたくし、全然普段通りにウインドカッターを撃てなかったし、グシャグシャになるほど泣いてしまったし、腰が立たなくなったせいで背負って貰って帰ってきたのよ。もう、本当にダメだったの。貴重なお時間をいただいたのにご迷惑をかけてばかりで、わたくし、ヴィオル様に申し訳なくて」
ずっと気がかりだったのか、セレン嬢は堰を切ったように話し始めた。昨日から尻に火がついたように訓練にうち込んでいるとは思ったが、そんな風に思っていたのか。褒めるのが足りていなかったんだろうか。
「そうなるくらいの恐怖と戦いながら、最終的に敵を倒せたと言うことが素晴らしいのだ。誇っていい。主は本当にめちゃくちゃに褒めていたぞ」
「ヴィオル様が……」
胸の前で指を組んで頬を染め、夢見るような表情でセレン嬢が微笑む。俺に褒められたくらいでこんなにも喜んでくれるとは……セレン嬢の素直さが可愛過ぎるんだが。
「うむ。主も次に一緒に討伐に出かけるのを楽しみにしているようだ」
俺もすっかり嬉しくなってしまって、猫の姿だからこそ言える本心を吐露してしまった。
途端、セレン嬢の目がきらっと輝く。
「次も一緒に? ヴィオル様は、次も一緒に行ってくださるおつもりなの!?」




