思いがけない提案
わたくしをぎゅっと抱きしめて、背中をぽんぽんと叩いてくれた時のヴィオル様の優しいお顔をまた不意に思い出してしまって、わたくしは枕をぎゅうぎゅうに抱きしめて、ベッドの中で身をよじった。
指導する時の厳しい顔も、はにかんだような笑顔も、お菓子を食べるときの幸せそうな顔も、すべてが好ましくて……なのにわたくしの心をこんなにもかき乱す。
「……」
もしかして。
さっきから頭に浮かんでは、違う、と追い払ってきた考えを、わたくしはついに受け止めた。
わたくし……恋をしているのかしら。
そうだとしたら、この自分でも制御が出来ない感情の波にも説明がつく。
ヘリオス殿下のことを子供の頃からずっとお慕いしてきたと思っていた。けれど、ヘリオス殿下に対してこんなにも大きな感情の揺れを感じたことはなかったわ。
お姿を見ると嬉しくて、安心した。お役に立ちたいとずっと思ってきた。ヘリオス殿下と議論をかわすと、わたくしでは気がつかないようなアイディアをいくつも持っていて驚かされた。
あの方と手を取り合ってこの国を守り、穏やかな家庭を築くのだと信じていたわ。そう、ヘリオス殿下に対して持っていたのは、もっと穏やかな……もしかしたら家族愛や敬愛に近いものだったのかも知れない。
***
「あふ……」
わたくしは、久々に出てしまったあくびをかみ殺す。ゆうべはあのあとベッドの中だというのに眠気すら襲ってこず、悶々と考え込んでしまっている間にいつの間にか日付を越えてしまっていた。
こんな時間から『昏倒』してしまうと、目覚めるべき時間にも昏倒したままになって大事に発展してしまうとわかりきっていたから、昨夜は魔力を使い切ることもせずに普通に眠ることにしたわけだけれど……やっぱり眠れなくて。
魔力を使い切るという日課もさぼってしまった挙句、寝不足にも陥ってしまうだなんて、わたくしったらいったい何をしているのかしら。今はそんな場合ではないというのに。
自身を戒めていたら、後ろから人が近づく気配があって、わたくしは気持ちを切り替えて振り返った。
「セレン、大丈夫か? また夜更かしをしたんだろう。無理はするなと言っているのに」
「ヘリオス殿下」
あくびをしていたところを見られてしまったのかしら。恥ずかしい。
先日もリース様に見られたばかりだというのに、もっと気を引き締めなければ。
「本当に久しぶりに夜更かしをしてしまって。ですがこのところは毎日きっかり八時間寝ておりますのよ」
「それならいいけど」
懐疑的な目をむけられるけれど、本当に毎日八時間きっかり昏倒している。以前に比較したら格段に睡眠時間はとれているのだから、むしろとても健康的になった筈だ。
「それはそうと、セレン」
「はい」
「ちょっと相談があるんだ」
「何でしょう?」
「マリエッタは来月の二十八日で十六歳になるだろう?」
「……ええ」
ヘリオス殿下がマリエッタの誕生日を日付までしっかり覚えていることに、「ああ、やっぱり」とどこか納得する自分がいた。
「マシュロ達から、マリエッタもサロンの一員に迎えてはどうかという提案が来ているんだが、どう思う?」
「まあ、マリエッタを?」
もともとサロンは、いずれは国政を担うヘリオス殿下と、将来国政に携わることになるであろう上位貴族の子息達のために設けられた機関だ。
学生のうちから軽い案件を処理していくことで適性を見定め、また仕事自体にも慣れさせていくという目的がある。わたくしがサロンに参加しているのは、ヘリオス殿下の婚約者でゆくゆくは王妃として国政に参加することが決まっていたゆえの特例だった。
そういう意味ではマリエッタがサロンの一員になる理由がない。
でも、わたくしが特級魔術師になった暁には、本当にサロンでの勉強が役に立つのはマリエッタだ。少しでも早く学びの場に立てるようにした方がいいに決まっている。
わたくしは、言葉を選びながら言った。
「他の皆様は、なんと?」
「まだ言っていない。セレンの意見を聞いてからにしようと思って。だが、賛成してくれると思う」
「そうですわね、わたくしも賛成です」
「そうか、良かった。僕はこれを機に希望があれば女性でもサロンに迎えようと思っているんだ」
「まぁ、本当ですか」
話がいきなり思いがけない展開になって、つい驚きの声を上げる。
「今は平民も女性も王宮で仕官する優秀な人材が増えてきただろう? サロンを男性だけに限る意味がないと思ってね。まぁ、軽い案件とはいえ国政に関わる者だから平民にすぐに解放するのは難しいだろうけど」
「確かにそうですわね」
「マリエッタには、その先駆けになって貰えるとありがたいと思ってるんだ」
ヘリオス殿下がそんなことを考えていたなんて知らなかった。マリエッタは大切なお役目を担おうとしているのね。
「ありがとうセレン、明日にでもマリエッタの意思確認をしてみるよ」
ヘリオス様が破顔した。
晴れやかな顔でヘリオス殿下がサロンの扉を開ける。この計画がうまくいくように、わたくしも精一杯尽力しよう、そう思った。
私も在宅勤務が始まって、けっこうな激務が続いております。
頑張りますが、更新できない日があったらごめんなさい。
癒される、楽しみ、と嬉しい感想をいただくこともあるので、こんなご時世だからこそ、可愛い話で癒されてくれれば嬉しいなぁと思いながらいつも書いています。
お互い小さな楽しみを見つけながら健康第一でほどほどに頑張りましょう٩(^‿^)۶




