【ヴィオル視点】セレン嬢の魔獣討伐
しかし固く決意したからといって、そう簡単に思い通りの結果が出せる筈もない。
街へと帰る道すがらの草原で出くわしたのは、飛ぶよりも走る方が得意なケッツィという魔獣。鳥形だがやや腐肉寄りの肉が好きらしく、獲物を仕留めたあと食べずにしばらく置いておき、食べごろを待つという妙な習性があるヤツだ。
セレン嬢の肩くらいのでかさがある、それなりにインパクトのある体躯だが、幸運な事に群れで行動するような魔獣でもない。デビュー戦としては手頃だろう。そう思ってセレン嬢に任せてみたわけだが。
奇声を上げながらこっちへと突進してくるケッツィに、真っ青な顔でウインドカッターを繰り出すものの、飛ばせた刃はわずかに七枚。勢いもいつもに比べたらかなり弱くて、当然のことながら殺傷能力は低い。
純粋な恐怖心と、やらなければという強い思いがせめぎ合っている……その葛藤が凝縮されたような一撃だった。
「グギエェェェェェェエ!!!!!」
ハンパに攻撃を受けいきりたったケッツィが、翼を広げて威嚇しながらさらに速度を上げて突進してくる。恐怖に震えるセレン嬢を一瞥し、俺はあえて短く告げた。
「まだ距離がある。撃て!」
「……は、はい……っ」
練習では軽々と何発も乱射するというのに、セレン嬢の息は早くもあがっている。恐怖でうまく息が吸えていないのだろう。それでも、やるからにはギリギリまで頑張らせたいと思った。
「休むな!」
「……っ」
ケッツィが地を蹴って躍りかかってくる。もちろん防護壁に阻まれるわけだが、手が届くような距離ででかい嘴が、かぎ爪のある足が跳ね返されるのは生きた心地がしないだろう。
セレン嬢の唇は白くなり、見開いた目からは涙が幾筋も伝っている。
ただ、その目は死んでいなかった。
俺は叫ぶ。
「撃て!」
びくん、と肩を揺らしたセレン嬢が反射的にウインドカッターを撃ち込む。ケッツィはもんどり打って倒れ、体をばたつかせたあと、それでも立ち上がって向かってきた。
「ヤツが倒れて動かなくなるまで撃つんだ!」
「は、はいっ」
何度ウインドカッターを放ったのか。
目の焦点も合わずよろよろと足をよろめかせるケッツィが、ついにドウと音を立てて地に伏した。さすがの俺も途中で手を出そうか迷ったが……出さなくて良かった。動かなくなったケッツィを眼下におさめ、密かにホッと息をつく。
「よく頑張った」
そう声をかけたら、セレン嬢は呆然とした様子で俺を見上げた。その頬に残るいくつもの涙の筋が痛々しい。滂沱の涙を流しながらも魔術を撃ち続けるのを最後までやめなかった、本当に見上げた根性だ。
感心していた俺の目前から、フッとセレン嬢の顔が消える。
「セレン嬢!?」
「す、すみません……」
緊張の糸が切れたのだろう、その場にへたり込んでしまっていた。
「謝る必要などあるものか。初めてだというのに、結局俺の助けなしに倒してしまえたではないか」
「で、でも、あんなに練習したのに、ひょろひょろの刃しかでなくて」
「後半は十枚以上に増えていた。慣れれば実戦でももっと出せるようになるだろう」
「でも、ぜんぜん、倒れてくれなくて」
「それでも数を撃ち込めば倒せたではないか」
「ち、近づいて来るのが、怖くて……っ」
いったんは止まった涙が、またぼろぼろと溢れ始めた。無我夢中で戦って、生き残れたと分かった時にやっと感情が戻ってくる……そんな経験は俺にも無数にある。今セレン嬢は、その瞬間を体験しているのだろう。
「倒せて、良かった……!」
白いほっぺたに新たに落ちる幾筋もの涙の線に、俺はとっさにハンカチをあてていた。
今日は泣かせてばっかりだな。
確かにかっこいい初戦じゃなかったかも知れないが、彼女はきっと大丈夫だと確信できる戦いっぷりだった。どんなに恐怖に駆られても、あきらめずに戦って勝利したという経験は値千金だ。きっと彼女の自信になるだろう。
彼女の傍に膝をつき、震える肩をぎゅっと抱きしめてから、俺はねぎらうように彼女の背中をぽんぽんと叩いた。
体を離したら、セレン嬢がこぼれ落ちそうなくらい目を見開いて俺を見つめている。どうやら涙は止まったようだ。
良かった、落ち着いたか。
「セレン嬢、本当によく戦った。俺は君を誇りに思う」
「~~~っ」
率直に褒めたら、セレン嬢が急激に赤くなった。口をぱくぱくと動かしてから、「あ、あ、あ、ありがとう、ございます……」とやっと小さく口にする。
ハンカチを手渡すと、顔を隠すようにして一生懸命に拭いていた。あんまり拭くと肌に悪いんじゃなかろうか。
だが、やっと魔獣との戦闘の恐怖からは抜け出したように見えて、安心した俺はさっと立ち上がって討伐証明になるケッツィの嘴だけを採取してから、セレン嬢を促す。
「そろそろ戻ろう。結構時間が経ってしまった」
まぁまだまだ明るいが、邸に帰ってから暫く顔を落ち着かせる時間も必要だろうし、ぼやぼやしてもいられない。そう思ったのだが、セレン嬢がなんだか困った顔で俺を見上げている。
「どうした」
「どうしましょう……わたくし、腰が抜けてしまったみたいで……立てないのです」
なんと……!
申し訳なさそうなセレン嬢を前に、脳みそをフル回転させて運ぶ手段を考えてみたが、情けないことに思いつかない。こんな時こそ、俺が開発をとめた「飛ぶ魔術」が威力を発揮するんじゃないか? と思うものの、今はまだ使えない。
貧弱な俺が、この身で運ぶしかないということか。
仕方あるまい。
俺は無言で、自身の体に筋力増強の魔術を幾重にも重ねがけした。




