【ヴィオル視点】大切なことだから
「ヴィオル様にとってはたいしたことのない額だとしても、わたくしにとっては返せるあてのない大金ですわ」
なるほど、合点がいった。
俺としては危険度の軽減に必要だから買う、予算的にも生活に関わるほどの打撃はない。俺的になんら問題ないものだから気軽に買ってやろうと思っていたが、確かに一般的に考えればセレン嬢の言う通り、俺が金を出して買い与えるのも変だ。
持ち合わせがないから借りる、でも返せるあてがない……という思考になるのは当然なんだろう。
俺は学生の頃、貧乏平民学生だったものだから、親父が宰相という押しも押されもせぬお貴族様のボーデンにめっちゃおごって貰っていた。メシを食うにも金がある奴が払えばいい、出世返しだと軽く言われていたから、今回もそんな気持ちでいた。
俺はボーデンの厚意に思いっきり甘えてきたわけだが、セレン嬢は性格的にそんなわけにもいくまい。プレゼントすると言っても納得できないだろうし、金の貸し借りになれば本来シビアに決まっている。
そうなるととりあえず俺は、『返せない』と不安に思う心を払拭出来ればいいわけだよな。
そう結論づけて口を開いた。
「心配するな、すぐに返せる」
「ですが、わたくしが自由にできるお金などないのです」
「特級魔術師になれば初任給で返せる程度の額だ」
「あ……」
確かに、と顔に書いてある。
一発でセレン嬢の不安を払拭できて気をよくした俺は、さらに収入の手段を教えることにした。セレン嬢がこれから家を離れ一人で生きていくことになれば、必要になるかも知れない知識だ。
「そこまで待たずとも、魔獣の毛皮や角などといった素材や魔石をギルドへ納入すればそれなりの金になる。これから君は初級、中級の魔獣を狩るんだ、なんの心配も要らない」
「わたくしが、この手でお金を稼ぐことができるように……」
「そういうわけだから、気にせずに借りるといい」
「はい、それではお言葉に甘えますわ。ヴィオル様、本当にありがとうございます」
やっと安心したように微笑んでくれた。やっぱり笑ってくれている方がこっちも嬉しい。ただ、これから魔獣と対峙するかも知れない彼女には、もうひとつだけ言っておかなければならないことがあった。
「あとひとつだけ、これは忠告だと思ってくれ」
「……はい!」
忠告、という言葉に反応したんだろう。セレン嬢が緊張した面持ちでまっすぐに俺を見る。
「空を飛ぶ魔術を考案したいと努力しているようだが……それは、俺が許可するまで待っていて欲しい」
「……!」
「もちろん待てと言ってもそう長いことじゃない。特級魔術師の試験さえ終われば、いくらでも出来る。要は今は身につけるべき魔術に集中した方がいい、とそういう意味だ」
「……はい」
叱られた仔犬のようにシュンとされると俺も胸が痛い。だが、と俺は心を鬼にする。
「君は邸を抜けだす手段のひとつとしても、空を飛ぶことを考えていたと思うが、それは安定性が低く危険度が高い手段だ。君のスキルではまだ早い」
「……はい」
「そんな危険を冒さずとも、小さな砂嵐で門番の目を眩ますこともできた筈だ。これならば今の君でも充分に可能だろう」
「……! はい。……はい、本当に……わたくしでも、絶対にできるわ」
「だろう? 君はこれから実戦に出る。魔獣との戦いは小さな判断ミスが命取りになる。一か八かの魔術に頼るわけにはいかないんだ。自分が確実に使える魔術が、アイディア次第で大きな武器になることを忘れないで欲しい」
「ヴィオル様……ありがとうございます」
セレン嬢は感動したような瞳で見上げてくれるわけだが、なんの事は無い、俺も経験者なだけだ。百聞は一見にしかず、俺はローブのあわせの隙間からインナーをぐいっとまくって、セレン嬢に脇腹を見せた。
「経験者は語る、ってヤツだな。ホラ」
「きゃっ!?」
真っ赤になって顔を両手で覆い隠そうとしたセレン嬢は、俺の脇腹に抉れたように入る三本の酷い爪痕に目が釘付けになった。こんなに酷い傷を負って死ななかったのは儲けものだったが、その魔獣が爪に特殊な毒素を持つ個体だったせいで傷跡がばっちり残ってしまった。俺の苦い記憶だ。
「『使いたい魔術』というものは厄介でな、時に冷静な判断を鈍らせてしまうのだ。俺も判断を誤ってこのザマだ。魔術を扱う者は大なり小なり似たような経験があると思う。ただ、セレン嬢にはこんな傷を負って欲しくない」
「ヴィオル様……」
青い顔で、口元を両手で押さえたまま、セレン嬢が呟く。多分、俺の言いたいことは分かって貰えただろう。
せっかくこれから出かけようと言うのに、脅かし過ぎたか? とちょっと不安になる。
仕方が無い、ここからはヴィーとしてしっかりと気持ちをケアして、最終的には楽しかった記憶として残るように尽力しよう。
「さぁ、気をつけるべきことは以上だ。色々と注意はしたが、君ならばきっと魔獣討伐もうまくいくだろう」
「は……はい……! 少し怖いけれど……でも、わたくしは、やらなければ」
自分に言い聞かせるように言っている。やっぱりちょっと脅しすぎたかも知れない。
「大丈夫だ、ヴィーもしっかりサポートする。ではヴィーを呼んでこよう。君はそこのハンガーにかけてある平服に着替えてくれ。終わったら呼んでくれよ」
なんとか安心させたくて、俺なりに精一杯の笑顔を作ってからリビングをあとにした。
色んな意味で怖がらせてしまってばかりだった気がする。自分がこんなにもダメなヤツだったことを、久しぶりに自覚してしまった。




