【ヴィオル視点】何を怒っているんだ
「ええと……とりあえず、菓子でも食ってくれ。この店のは美味いんだ」
「まぁ、ヴィオル様がオススメしてくださるお菓子だなんて、楽しみですわ」
「セレン嬢のところのパティシエ……料理長だったか……彼ほどではないが、市井ではかなり腕がある方だと思う」
「ありがとうございます。料理長のことまでご存じだなんて、ヴィーは本当に良くヴィオル様に報告してくれているのですね」
嬉しそうにフフッと笑って、セレン嬢は菓子に手を伸ばす。
美味しい、と微笑む顔が可愛い。
俺が猫でいる時は、食べさせるのに一生懸命でセレン嬢が菓子を口に運ぶことは少ない。それでも俺が食べる様を幸せそうに眺めているものだから、他人が食べている所なんて見ていて楽しいのだろうかと思っていたが……率直に言って楽しいと分かった。
自分が美味いと思っている物を、嬉しそうに幸せそうに食べてくれるのは、こっちも嬉しい。
そんな単純なことすら、今まで気にしたこともなかったな……と改めて感じて、俺は美味しそうに菓子を頬張るセレン嬢から目が離せない。だが、次第にセレン嬢の頬が赤くなり、ついに困ったように恥ずかしそうに俺に笑いかける。
「なんだか自分だけ食べているのって、少し恥ずかしいのですね」
「! す、すまん。不躾に見てしまった」
まじまじと見てしまっていたことに気がついて、俺は慌てて目の前の菓子を頬張った。マシュマロにチョコだのナッツだのゼリーだのジャムだのクッキーだの、様々なものがトッピングされている宝石箱のような可愛らしい菓子だ。
俺は見た目普通のマシュマロを咀嚼して、思わず感動した。
中からラムレーズンが感じられて、洋酒の苦みとレーズンの甘さがマシュマロと絶妙にマッチしている。甘すぎず香りも芳醇で素晴らしい。中身が見えないのも味が想像できなくて楽しめるものだな。
「それ、気になっていたんですの。中身はなんだったのですか?」
「ラムレーズンだ。酒は好きではないが、このラムレーズンは苦さと甘さのバランスがいい、これは美味い……」
次のマシュマロに手を出そうとしてはっとした。今度はセレン嬢が俺のことを嬉しそうに眺めているではないか。確かにこれはちょっと恥ずかしい。
「やっぱりお菓子は自分で食べるよりも、ヴィーやヴィオル様が食べているのを見ている方が何倍も楽しいですわ」
頬を染めて照れる姿も愛らしかったが、そう無防備に笑われると、どうしていいか分からない。困った、と思ったところで思い出した。俺はなにをしているんだ。
セレン嬢がこの家にいる時間を極力短くしなければならないと、さっき誓ったばっかりだったじゃないか。
年頃の娘が独身男の家にいて落ち着けるわけがないんだった。さっさと平服に着替えて貰って、屋外にでるべきだ。
ええと、何か外ではできないような、やり残したことはないよな?
自問自答して、ひとつだけ思いあたった。セレン嬢といると忘れてしまいがちだが、猫が外で話すのはまずいよな。使い魔の概念はあっても、使い魔など連れているような魔術師など現状いない。それに、しゃべる黒猫がいるなんていう情報はまだ伏せておきたいしな。
うむ、話しておかなければならないことだけは、ちゃんと話しておこう。
「セレン嬢」
「はい」
居住まいを正してセレンを見れば、セレン嬢も俺の雰囲気が変わったのを感じたのか急に真顔になる。真剣な表情のセレン嬢に、俺はゆっくりと話し始めた。
「これから君はヴィーと出かけるわけだが、さすがに他者のいるところでヴィーがしゃべるわけにもいかない。悪いが必要なことは今のうちに話しておくから、よく聞いておいてくれ」
「まぁ、やっぱりそんな制約があるのですね」
そういうわけでもないが、まぁそう思っていて貰おう。
「それでだな、まず君たちには下町で必要な買い物をしてからそのまま草原へと向かって貰う」
「買い物ですか。もしかしてわたくし、ヴィーの使い魔としてのお仕事を一緒にやれるとか……そういうことですの!?」
「いや、そういうわけでは」
なんでそんなに嬉しそうなんだ。違うと言ったらなぜかがっかりされてしまった。
「ええとだな、とりあえず君が街で着ることができるような平服は俺の見立てで一着は買ったんだが……すまん、その……サイズはもちろん女性が好む服など分からなくてだな」
「えっ!?」
「だから、装備は今日買って、その場で身につけてから草原へと向かって欲しい」
「あの、わたくし、ごめんなさい。今日はお金を持ってきていなくて……考えが足りませんでした」
「ああ、ちゃんと用意してある」
金が入った布袋をテーブルに置くと、セレン嬢は弾かれたように立ち上がった。
「荷が重いですわ! こんな大金、預かれません」
「だが、いかな魔術師といえど、動きやすいインナーとレザーアーマー、靴くらいは身につけた方がいいぞ、危険だからな。ああ、魔術で装備力をあげてあるローブもあるな、そっちがいいか?」
「そうではなくて! わたくし、こんなによくしていただいて……たとえ一時でもこんな大金、出していただくわけには参りません」
「何を怒っているんだ、それなりに高給取りだからな、今やこれくらいの出費はたいしたことないのだが」
そう言ったら、急にセレン嬢はシュンとしてしまった。




