【ヴィオル視点】俺は何をしているんだ
何をしているんだ、俺は。
どう考えても箱入り娘なセレン嬢に、随分と無茶をさせてしまった。
猫になっているときは身体能力もあがる。俺の走る速度なんて本来人間がついてくるのは難しい速度だったはずだ。多分風の魔術でなんとかスピードを保っていたんだろうが、体力がついて行けるはずがない。スピードが乗りすぎると呼吸にもコツが要る。セレン嬢がよろよろになっているのも道理だった。
一刻も早くセレン嬢を安全なところへ連れて行きたくて、ついつい焦ってしまった。俺もまだまだ修行が足りない。反省しながらセレン嬢を俺の家へと案内した。
セレン嬢のまわりには、まだしっかりと俺が張った認識阻害の魔術がかかっている。あんなにも焦る必要はなかったというのに。バカだな、俺は。
「まぁ、勝手に入っていいのかしら」
「主の家だ。許可は取ってある、入ってくれ」
「ヴィオル様の……!?」
そう言ったきり、セレン嬢は絶句する。ドアノブに手を伸ばしてはひっこめて、胸の前で指を組んでみたりまた手を伸ばしたり。顔もうつむいたり天を仰いだりで忙しい。
何をしているんだ。
「早く入ってくれ。人目につきたくない」
「そ、そうよね。分かっているわ……!」
ごくりとのどを鳴らしてから、セレン嬢は目をギュッと閉じてドアを開ける。入ってドアを閉めた彼女は、目を閉じたまま蚊のなくような声で「お邪魔します……」と呟いた。
「なんでそんなにも躊躇するんだか」
「だ、だって……わたくし、殿方のお邸にひとりで訪問するだなんて、初めてで……」
「!!!!!」
驚愕した。
そんなことにも気づかなかった自分に驚愕した。
誰にも知られずセレン嬢を連れてきて、もっとも安全な場所というと自分の家しか思いつかなかったわけだが、セレン嬢にとってはむしろ独身男の家なんて一人で入っちゃいけない場所ナンバーワンじゃないか。
「す、すまん!!! 考えが及ばなかった! 主は断じてセレン嬢に不埒なマネはしない!」
「そこは信頼しているわ。ヴィオル様は紳士ですもの」
いや、そこはちゃんと警戒してくれ……とも言えず、俺は黙るしかなかった。かくなる上はこの家にいる時間を極力短くするより他に手がない。
「それより、ヴィオル様はどちらにいらっしゃるの? 勝手に入ってしまったことだし、わたくし、ご挨拶をしなければ」
「う……ちょっと待っていてくれ」
どっちにしろ、走り通しで疲れているだろうセレン嬢に、お茶くらいは出したいし、渡さなければならない物もそこそこある。……それにヴィーとしてではなく、たまにはちゃんとヴィオルとして向き合いたいという小さな願いもあった。
わずかな時間だけでいい。同じ目線で話ができたら……そう思っただけだったのに、結構な失態だ。
自分の浅薄さに呆れながら、俺はセレン嬢にソファに座って待っていてくれるように促した後、寝室へと隠れた。中ですぐに猫化の術を解いて、今日のために準備したセレン嬢用の平服一式を持ってリビングへと戻る。
俺を見たセレン嬢は、飛び上がるようにしてソファから立ち上がった。
「ヴィ、ヴィオル様、お邪魔しております……!」
「ああ、よく来てくれた。ヴィーから事情は聞いている、少し待っていてくれるか?」
服を手近なハンガーにかけて、俺はキッチンで茶の用意を始めた。今日はセレン嬢をここに招くことは決めていたから、菓子もソファの前のテーブルに置いてあるし、茶もあとは湯を注ぐだけに準備している。火にかけたやかんに火の魔術で加勢をして一気に湯を沸かした俺は、ティーセットをもってすぐにセレン嬢の元へと戻った。
走ったりする身体能力は猫の時の方が高いが、やはり人間のほうがやれることは多いな。魔術を使うのも楽だし。
「待たせた」
「いえ! その、いつもヴィーにはお世話になっていて……!」
セレン嬢が焦ったように話しかけてくる。俺がヴィーの時にはみせない表情に、俺は目を細めた。
「慌てなくていい、走り通しで喉が乾いただろう。少し喉を潤して落ち着くといい」
「笑った……」
「え?」
「い、いえ! なんでも……なんでもないのです!」
目をまんまるにしてから火が付いたように赤くなったセレン嬢は、さっと視線をそらして俺が用意したティーカップに口をつけた。
俺は今、笑っていたのか……。
そういえば先日セレン嬢とダンスをしたときにも俺は笑っていたようだ。セレン嬢といると不思議なもので表情が豊かになるらしい。
「ヴィーから報告をうけているが、君の魔術の腕前は驚くほど短期間で進化しているようだな」
「! お褒めにあずかり、光栄ですわ……!」
とても嬉しそうにセレン嬢が笑う。
「今日はいつも頑張っている君へのねぎらいの気持ちもあって、草原に遠出することにしたようだ。ゆっくりと楽しんできてくれ」
「はい……!」
それを言い終えると、あとは何を言っていいのかわからなくなってしまった。
何を話せばいいんだ。
話したいことがたくさんあった気がするのに、なにも思い浮かばない。ヴィーとして彼女と一緒に居るときには特になにも考えて居なかったが、セレン嬢もいつになく緊張しているように見えて口数が極端に少ないし、そうなってくると沈黙が怖い。
しまった、どうすればいいんだ。




