【ヴィオル視点】その覚悟、見せて貰おうではないか
……そうしてポツリ、ポツリと語る彼女の話は、要約すると胸くそ悪い、のひとことだった。
はっきり言えば、アホなボンボン共が麗しの妹御に気に入られたいがためにセレン嬢を貶しているだけの話ではないか。アホらしい。
それでなんで馬鹿正直にセレン嬢は妹御の方が正妃になるべきだと考えてしまったんだ。
美人に「頑張ってね」なんて言われたくらいで百倍頑張れるなら、妹御が来た日は生産性が上がってしかるべきだ。仕事にならないから、とフォローされている時点で砂粒ほどの説得力もないではないか。
多分セレン嬢を貶していた本人も含めて全員が内心思っているだろう。あのアホなボンボン共を支えながら正妃が務まるのはセレン嬢だけだとな。
「ヴィー、ありがとう」
ひとりでむかっ腹を立てていたら、なぜかセレン嬢に礼を言われた。まつげに涙の粒がついている。話しながら思い出してしまったんだろう。
「もう泣かないって決めていたのだけれど……わたくし、本当は誰かに聞いて欲しかったのかも」
「泣くな。言っておくが次の正妃が務まるのはセレン嬢だけだ」
「優しいのね、ヴィー。……そうね、わたくしもそう信じて今まで頑張ってきたのだけれど……ちょっと、疲れてしまったの」
そりゃあ頑張って頑張って、その挙句にあんな言われ方をすればそうなるだろう。同情する。
「妃教育を受けたときに、人材の配置の妙、という項目があったのです。人と人との組み合わせで、成果がおおいに増すことも逆に落ちることもあると。彼らが言っているのはそういうことかと思うの。きっとわたくしと一緒では、彼らの力が充分に発揮できないのでしょうね」
断言する。絶対に違う!
だが。
俺は思った。セレン嬢を説得して、彼女を元通り殿下の妃の位置に収めたらどうなる? 国政は間違いなく安定するだろう。
だが彼女はそれで幸せなのか。あのアホなぼんくらボンボン共を影で支えて、フォローして……それでまた感謝も知らないアホ共に、今日みたいに馬鹿にされてこっそりと泣くのか。
ふざけるな。
だいたい実力が及ばなかったり、努力が及ばなかったりするヤツほど、そうやって恥ずかしげも無く負け犬の遠吠えをするもんだ。王立魔術学校でもよく見かけた。
そして俺はそういう卑怯なヤツが大っ嫌いなんだ。ちったぁ自分で苦労して、その腐った性根をたたき直せと強く言いたい。
「いいだろう、セレン嬢。君の目標のために、精一杯助力する」
「ヴィー! ありがとう!」
喜びのあまりか、セレン嬢は俺を勢いよくテーブルから抱き上げて、そのままクルクルと回り始めた。
両腕の付け根あたりはがっちりとホールドされているが、後ろ足は彼女が回るたびに遠心力で振り回されて……こんなの、ガキの頃いらい……ていうか、吐く……。
「め、目がまわ……」
「あら、ごめんなさい。猫ちゃんって三半規管弱いのかしら」
ぐったりする俺にセレン嬢は慌てて水を汲んでくれたが、猫のようにうまく舌を使って水を飲む技はまだ未習得だった。次回への課題だ。
「大丈夫? ごめんなさいね」
心配そうに俺の背をゆっくり撫でるセレン嬢に、俺は力なく目を向けた。
「大丈夫だ。それより、早速特訓に入ろう。もう夜も遅い」
「はい!」
セレン嬢の背中がまたピーン! と伸びる。本当に分かりやすい。そして素直だ。こういうところが国王夫妻にも気に入られているんだろう。
魔法防壁で国土をがっちりと守られた我が国は、もう何百年と大きな争いがない。貿易で身を立てていて、至極平和だ。ゆえに国王から国民に至るまで、呑気で全般的にちょっとユルいんだよな。
セレン嬢もきっと我が国に相応しく、穏やかに国を率いるいい王妃になっただろうに。
俺はテーブルの上でゆっくりと立ち上がり、四肢を伸ばす。目の前の娘は、従順な眼差しで息を詰めて俺を見つめた。
俺も、彼女の目をしっかりと見つめ返す。
「ただし言っておくが少々荒っぽい上に体にも負担をかける方法だ」
「時間がないのですもの。覚悟しております」
「ついでに言うと、くそ面白くもない地味~でその割に体に負荷がかかるようなことを、毎日朝起きてから夜眠りにつくまでやり続けるような、あまり好まれない方法だ」
学園でも推奨されているが、やり続けているヤツはごくごく稀だった。花形とされる特級魔術師を目指す輩は、地味な努力が苦手なヤツも多い。結果につながることだと分かっていても、嫌なことをやり続けるのは困難なことなのだ。
「ですが、それでヴィオル様は試験に受かったのでしょう?」
「そうだ。今でもその特訓が役に立っている。……と主も言っていた」
「それならば、どんなに苦しくてもやり遂げます。教えてくださいませ」
セレン嬢の目は強い意志の光で輝いている。これならば大丈夫かも知れない。
「それにわたくし、地味な努力を長時間やり続けるのは、得意中の得意ですの」
さすがに笑った。
すました顔でそんな事を言う彼女は、特に誇張している様子でもない。こちらとしても、そういう同僚ならむしろ諸手をあげて歓迎したいところだ。魔法防壁を張り続けるのに、こんなに適した人材は少ないのだから。
「よし、ではここに結界を張る。初期魔法でいい、魔力が尽きるまで休まず打ち続けろ」
その覚悟、見せて貰おうではないか。




