【ヴィオル視点】公爵令嬢だからなぁ
それからのセレン嬢の成長っぷりは圧巻の一言だった。
次の無の日、朝からセレン嬢の部屋を訪れた俺は、またもや「見て見て、ヴィー! わたくしね、随分と操風が上達したと思うの!」なんて無邪気に笑うセレン嬢にせがまれて、早速部屋に結界を張った。
といっても普通の結界じゃない。先日俺が操風の説明のために作ったような、砂漠や岩場や水場のある小さな箱庭型結界だ。高さは天井くらいまでをカバーしているから、そこそこ大きめの魔術も打てるだろう。
セレン嬢の望み通りの環境はできた。さぁ、修行の成果を見せて貰おうか。
俺はテーブルの傍に置いた椅子の上で、きちんとお座りをして居住まいを正す。
さすがに緊張するのか、セレン嬢は箱庭の前で何度か大きい深呼吸をして、やがて胸の前で指を組み合わせてまるで祈りでも捧げるような様子で一心に念じている。セレン嬢の体内の魔力が凝縮したかと思うと、一気に彼女の両手に集まった。
そして、箱庭の中に小さなつむじ風が発生する。
「ほう、なかなかうまく出来ている」
先日あれほどてこずったとは思えない。発生の仕方も自然で申し分のないつむじ風だ。やがてそこに発生した小さなつむじ風は、どんどんと大きくなって人ほどの大きさに成長し勢いを増していく。
「……砂を、混ぜるわ」
真剣な眼差しでつむじ風を凝視していたセレン嬢は、それだけ呟くと目を細め組み合わせた指を唇の前で伸ばして手と手を合わせる。
少しずつ。少しずつ。
まるで彼女の心の中のつぶやきが聞こえるみたいだ。
つむじ風に砂が少しずつ巻き上げられて、茶色い砂嵐が生まれていくのを、俺は息をのんで見守った。
「……今は、これが精一杯」
ふう、と息を吐いてセレン嬢が両手を広げると、砂嵐はほどけるように霧散した。
「どう? 最初に習ったときには全然うまく出来なかったけれど、わたくし、たくさんたくさん練習して、ちゃんとつむじ風を作れるようになったのよ!」
なんという上達っぷりだ。壁番のために二日間会わないでいるうちに、セレン嬢は怒涛のレベルアップを果たしていたのだ。
「……なんというか、ここまで上達しているとは思わなかった」
「ありがとう、ヴィー。本当はね、お外で試したい魔術が色々とあるのだけれど、人目もあるからなかなか難しくて」
「ほぅ、例えばどんな? この箱庭じゃ無理なのか?」
「できるものも、できないものもあるわ。例えばつむじ風だってこれ以上の規模になると屋内は難しいし、動きの補助や制限は走ったりとか……実際に体を動かしてやってみた方がいいと思うし、広範囲に使う魔術とか他にも色々、風魔術って広い場所の方が使いやすいものも多いんですもの」
なるほど、確かにセレン嬢は隠れてやっているわけだから、魔術学校の生徒のようにどこでも練習できるわけでもあるまい。なんなら今から人目につかない街の外の草原につれていってもいいのだが、さすがに公爵家のご令嬢をそんなに気軽に外へは連れて行けないだろう。
だが、条件さえ揃えば来週からでも連れて行くことは可能かも知れない。せっかくだからこれからの一週間で、外に出られるだけの準備をできるだけ整えてみようと決意した。
「セレン嬢、君の上達ぶりを鑑みて、条件さえ揃えば来週の無の日は街の外で練習してもいいと思う」
「ほ、本当に!? 外に!?」
セレン嬢の顔が生き生きと輝いている。
「ああ、魔獣狩りの練習にもなるしな。最初はもちろん危険な魔獣がでるような場所にはいかないが」
「街の外で危険が少ないというと、ヤーロップ草原かしら。魔獣はごくごく稀にしか出ず、主に食用に用いられる動物、植物が生息していると書いてあったわ」
「さすがに詳しいな」
「そのうち魔獣狩りに行くのはわかっていたから、魔獣の特徴や生息域に関しての書籍も読んだの」
なんかもう笑ってしまった。勉強熱心にもほどがある。
「まぁそのヤーロップ草原に行こうと思っている。広いから魔術の練習もしやすいだろうし、近年はごく弱い魔獣も散見されていて練習場所として都合がいいからな」
「魔獣と実際に遭遇して、状況によっては戦うかもしれないのね」
セレン嬢の顔がきゅっと引き締まった。
「ああ、そうだ。初級と言っても魔獣は魔獣だ。戦ってみて初めて、自身がどれくらい実戦で動けるか分かるものだし、なにより戦いの中でこそ有用な魔術が閃くこともある」
こくり、とセレン嬢が頷く。真剣な表情だ。
「もちろんいきなり実戦ではなく、最初は俺が戦うのを見て学んで貰うがな」
「まぁ、ヴィーが魔獣を倒すの? 小さいのに……といっても、そういえばヴィーは息をするくらいに簡単に魔術をつかうんですもの、魔獣だって倒せるわよね」
セレン嬢は問いかけておいてひとりで納得している。だが、実はそう簡単な話でもない。
なんせこの猫の姿になるだけでも結構な魔力と精神力を使っているのだ。実際は他の魔術との併用はなかなか神経を使う。ただ、この前から色々と魔術を併用してみたり、居眠りしていても猫の姿を保てているところをみるに、だいぶこの猫化の魔術も俺の体に馴染んできているのだろう。
だから、多分猫の姿のままで、中級の魔獣くらいまでなら倒せる筈だ。
しかしそれよりも難関なのは、どうやってセレン嬢を毎週のように魔獣狩りに連れ出すか、だったりする。なんせ内緒でやろうとしているわけだから、バカ正直に「魔獣狩りに行ってきます」と言って出かけるわけにも行くまい。
今日の俺のミッションは、この難題に目処をつけることだろう。




