揺れる、運ぶ、クルクル回る
久しぶりに寝不足で目もしぱしぱするし、体のあちこちの動きがぎこちなく感じられる。そういえば今朝は朝日が眩しくてチカチカしているように感じられたわね。ああ、この感覚、久しぶりだわ。
疲労回復魔術のおかげで以前よりもは随分と元気でいられるけれど、それでも睡眠を疎かにすると一定のダメージは残るのだと知った。
ヴィーは大丈夫かしら。悪いことをしてしまったわ。
あくびをかみ殺しているヴィーが目に浮かんで、微笑ましいような申し訳ないような気持ちにかられる。
普通の猫ちゃんみたいにポカポカな日差しの中でお昼寝できるならいいのでしょうけれど、以前「俺ももう寝たい」と言っていたくらいだから、そうゆっくりもしていられないのでしょうね。ヴィーはなんといっても使い魔ですもの、働く猫ちゃんなんだわ。
ヴィオル様、出来れば今日は軽めのお仕事にしてあげてくださいませ。
そう願いながら、わたくしは授業の合間に『操風』のことを考えていた。出力を絞ればそよ風程度の風も起こせるし、ウインドカッターのように殺傷能力が高いわけではないから、日常の中でも練習して良いとは言われている。
ただ、慣れないうちはふとした拍子にコントロールを失うことも、出力が調整できないこともあると聞いた。こんなにたくさんの人がいる場所でそんなことになったら目も当てられないもの。さすがに練習するのは気が引ける。
だからわたくしは、そのかわりに風はどんな時におきるのか、どんなことが出来るのか、それを観察してみようと思い立った。
そんなふうに見てみると、風は本当に至る所に姿を現す。
本を机に置いたとき、席を立ったとき、階段を降りるとき、ただ歩くときでさえスカートの裾がひらひらと舞って、風の存在を知らせてくれる。予想以上にちょっとしたことでも風って起こるんだわ。ため息ひとつ、いいえきっとまばたきですら微小な風が生み出されているのだろう。
きっと外に出れば、もっと色々な風を感じられるのでしょうね。
楽しくなってきたわたくしは、昼食のあとに友人達とのおしゃべりの輪から離れて、ひとり庭園のベンチに腰掛ける。頭上には日差しを遮る木々の枝、目の前には男性達が球技に興じるグラウンド、足元には花壇。ここは絶好の観察場所だわ。
そよそよと吹く風に花壇の花が揺れる様さえも、今日は特別な気づきがあるのが不思議だ。風に押されて傾いだ花は、そのあと必ず反動で揺れるのね。ヴィーは、『操風』は周囲のものを取り込んだり、利用することによっても威力を増すことができると言ったわ。もしかしたら、この反動ですら役に立てることができるかもしれない。
それにグラウンドで球技をしている男性達が巻き起こす風も、すべてが発見に満ちているわ。
走り回ってもうもうと立っている土埃も、よくよく見ると種類が違うんだわ。土を勢いよく踏んだ瞬間に出るのは、たぶん上から空気を圧縮されて舞い上がる煙状のもの。上へ舞い上がってから内向きに巻くような方向性はあるけれど、他からの風に影響されやすいわ。そして土を踏みしめた後に蹴り出されるのは、もっと粒子が粗くて方向性も強く定まっているもの。
これってきっと、目くらましや攻撃にも使えるヒントになるんじゃないかしら。
木の葉が地表近くで風に巻き上げられる様も、ひらひらと舞い落ちる途中で飛ばされる様さえも、何もかもが目新しく見えて仕方が無い。
揺れる。運ぶ。クルクル回る。
直線的な風、撫でるような優しい風、湿気を含んだ風、量も、質も、方向性も様々で、全然飽きない。いつまでもここに座ってたくさんの風を楽しみたかったけれど、残念なことに予鈴が鳴ってしまった。
興奮の余韻をひきずりながら教室へと戻る道すがら、急な突風が吹き付けてきて、わたくしはとっさにスカートをおさえて身を縮める。
なんだったのかしら、急に。飛ばされそうな風だったわ。時々こういう突風ってあるけれど、本当に強い突風の時は実際によろけて数歩運ばれてしまうこともある。逆に向かい風の時は進みたくてもなかなか進まないのよね。
あら、そう考えると、風で動きを補助することもできれば、逆に動きを封じたり壁のように攻撃を防ぐことも可能なのかしら。
もしかして、『操風』を極めたら、さっきの木の葉みたいに風に乗って空を飛んだりすることも可能なの?
そんな夢みたいな事まで考えて、わたくしは走り出したいような高揚感に包まれる。
ああ、ヴィー、本当ね。
昨日話を聞いた時には、いまひとつピンとこなかったのだけれど、今ならばあなたが『操風は面白い』と言ってくれた理由が分かる気がするわ。
だって、こんなにも可能性に満ちている。
高鳴る胸をおさえつつ、目の前に落ちていた木の葉に、わたくしはそっと風を送ってみた。
「……浮いた」
昨日はあれほど苦戦したのに、今やなんなく風が起き、木の葉はふわりと浮いている。わたくしが導く通りに揺れて空へと舞い上がった木の葉が、「きっとできる」と励ましてくれた気がした。




