わたくしにも、そんな未来があるのかしら
ヴィーが去っていった方をしばらく見つめていたわたくしは、空の明るさが増してきたことに気付いて慌てて窓を閉めた。
まだ、今からならば一時間とちょっとは眠れるかもしれない。まったく寝ないよりはマシだもの、ベッドにだけは入っておかないと。そう思って横になるけれど、当然のように眠れない。こうなってみると昏倒って本当に便利だったのね。
眠れずにいるとどうしても、さっきヴィーが言った言葉が思い出されてしまう。
「苦手なダンスを練習してまでセレン嬢にダンスを申し込んだんだ。だから、その、そういうことだと思うぞ」
ヴィーはつまり、ヴィオル様がわたくしに興味を持ったからこそ、ダンスを申し込んでくれたんだろうと言いたかったのよね。マリエッタの言葉通りならば、何度か言葉を交わすうちにもしかしたらヴィオル様がわたくしを好きになってくれる可能性があるということだわ。
ああ、そんな事があり得るのかしら。
わたくしにも人並みに、誰かを愛し、愛されるような未来が本当にあり得るのかしら。そう思うと、急に心臓がうるさく音をたてる。
それは、わたくしにとっては、とてもとても甘美な想像だった。
だって、特級魔術師になって婚約を破棄するという道を選んだ瞬間から、自分は王妃になることとは違う方法で国を守るために生きていくのだと思っていた。
いくら特級魔術師という護国の要になるとはいえ、その行為自体は美談として語られようとも、王族との婚約を自ら破棄する以上女性としては事故物件だ。好んで妻にしようなんて奇特な人は現れないに違いない。
マリエッタは夜会について色々と忠告してくれていたけれど、もし男性からお声がけいただくことがあったとしても、それはきっと次の夜会まで。わたくしが特級魔術師になった暁には、むしろ敬遠されるだろう。そもそもわたくしが夜会に出る選択をするかさえ怪しい。
なにしろ許嫁にすら心を寄せて貰えず、前回は別としてこれまで夜会でダンスに誘ってくれる方すらいなかったのだから、わたくし自身、あまりにも女性としての自信をなくしていて、もう誰かを好きになることなどないのかも知れないと感じていた。
ただ、特定の誰かを強く想うような恋情はなくしたとしても、国を、家族を、この国に住む人々を愛する穏やかな愛情はありあまるほど持っている。
愛するこの国を生涯かけて守っていく、それもいいと思っていた。
でも。
この僅かな胸のときめきが、まだわたくしの中の『特定の誰か』を恋う心は死んでいなかったのだと教えてくれる。わたくしはまた、誰かを好きになることができるのかも知れない。
あの方が笑った、褒めてくれた、楽しそうだった、悲しそうだった、そんなちょっとした変化を目にする度に、ひとり胸をときめかせることが出来るのかも知れない。
良かったわ。
きっとヴィオル様とヴィーのおかげね。
あの悲しい出来事があった日には、またこんな風に思えるようになるとは想像していなかった。
ヴィオル様が引き受けてくれたから、特級魔術師を目指すという無謀な計画を現実的な目標にして、無駄に心を疲弊させずに済んだ。ヴィーという優秀で可愛らしい先生を派遣してくれたおかげで、魔術の勉強に没頭できたしなにより心が癒やされた。
今わたくしが、落ち込みすぎもせずこうして前向きに頑張れているのは、間違いなく二人がいたからだわ。
愛らしいヴィーの顔とともに、夜会で見上げたヴィオル様の端正なお顔が思い浮かんで、わたくしはひとり顔を赤らめた。
そしてまた脳裏に、ヴィーが言ってくれた言葉が鮮明に繰り返される。
「苦手なダンスを練習してまでセレン嬢にダンスを申し込んだんだ。だから、その、そういうことだと思うぞ」
まさかと思う一方で、そうだと嬉しい……という気持ちが浮かんで、そんな自分に驚いた。
嬉しいと思うのは、きっとわたくし自身がヴィオル様にとても好感を持っているからだわ。
そんなに何度も会話をしたわけではないけれど、それでも、甘い物が大好きなところも、意外と面倒見がいいところも、さりげない気遣いをしてくれるところも、とても素敵でとても好ましい。
それにやっぱりヴィーと一緒にいる時間が長かったせいかしら。ヴィオル様にも勝手に親近感を覚えてしまうのよね。
これが恋情かと聞かれると、正直まだ分からない。
ただもっとお話してみたいし、ヴィオル様のことをもっと知りたい。一緒に甘い物を食べたり、魔術を教えて貰ったり、また一緒にダンスをしてみるのもいい。一緒に街へ出かけたら、ヴィオル様はどこへ行ってどんな反応をするのかしら。そんな他愛のないことを考えることすら楽しく思える。
ヴィオル様も同じように思ってくれると嬉しいのだけれど。
そう都合のいいことなど起こるはずがないと思いながらも、一方でそんな奇跡が本当に起こるといい、なんて根拠のない希望で胸が弾む。
気持ちがふわふわするような感覚を楽しみながら、わたくしはつかの間の眠りに落ちた。
セレンの複雑な心境を言葉にするのが難しくて……なんかこう、難産でした。
伝わるかなぁ。




