【セレン視点】ヴィオル様が頼もしくて
「セレン、そのままレアリーを頼めるか? 赤子なだけにいつ瞬間移動を発動するかわからないからな、今から魔術師棟に行ってレアリー用のリミッターを作ってくる」
まさかこんなに早くリミッターを作っていただけるだなんて。
わたくしの旦那様が頼りになりすぎて怖いくらい。
「本当に、ありがとうございます……!」
嬉しすぎてちょっと涙ぐんだわたくしの肩を抱き、優しく微笑んだヴィオル様はポンポンと背中を軽く叩いてくれた。
「きっと、これでレアリーが危険に晒される可能性はぐっと減る筈だ。セレンも、邸の皆も、安心して暮らしていけると思う」
「……!」
そう言われた途端、肺の中にすうっと沢山の空気が入ってくるのが分かって、わたくしは思わずヴィオル様を見上げた。
わたくしをじっと見つめて目を細めてくれるヴィオル様。
そうしてやっとわたくしも気がついた。
わたくし、自分で思っていたよりもずっとずっと、レアリーが忽然と消えてしまうこと、レアリーをどう守ってあげればいいのか分からないでいることが、不安で仕方なかったのね。
「ありがとうございます、ヴィオル様……」
「大丈夫だ、すぐに戻ってくる、楽しみに待っていてくれ」
わたくしの額にそっと口づけを落としたヴィオル様は、あっという間に飛行を展開し、窓から飛び出していった。
その背中が格好良くて頼もしくて、わたくしはレアリーと二人、ヴィオル様が消えていった空をしばらく眺めていたのだった。
***
結局その日、ヴィオル様はあっという間にレアリーのためのリミッターを作って戻ってきてくれて、それからというものぱったりとレアリーが忽然と消えてしまう事件はなりを潜めた。
時々リミッターに阻まれて不機嫌になったりかんしゃくを起こしたりすることはあるけれど、今のところはリミッターがいい仕事をしてくれているみたい。
遠距離に瞬間移動なんてできなくても、日々別の移動手段は進化するわけで、レアリーは今、新しい技術の習得に一生懸命だ。
その瞬間は、ヴィオル様がお休みで、邸の皆も揃ってお茶を楽しんでいる時にやってきた。
このところずっと、つかまり立ちを練習していたレアリーが、ついに一歩を踏み出したのだ。
「!!!」
その場に居た全員が、息を呑んだ。
けれど、誰も声を発しない。リンスは声を上げそうになったのを堪えているのか両手で口を押さえているし、誰もが凍りついたようにレアリーを凝視している。
二歩。
三歩。
よろ、とよろけたレアリーはぽてん、と尻餅をついたあと、わたくし達を見上げて満面の笑みを浮かべた。
「あーーーーー!!!!」
勝利の雄叫び。
「すごい! すごいわレアリー!」
「やったなレアリー!」
ヴィオル様に抱き上げられて、レアリーもとっても嬉しそう。
「ついに伝い歩きですか。成長ですなぁ」
「今日はお祝いだな!」
「レアリーちゃんえらい!」
皆から次々に抱っこされて頭を撫でられて、リゼからぴょんぴょん飛びつかれて。
レアリーはもう、きゃっきゃと笑いっぱなし。
レアリーの世界はこんな風に一日一日どんどんと広がって、楽しいことも面白い事も増えていくんだろう。
たっぷり伝い歩きの練習をして大満足のレアリーを寝かしつけてから、わたくしとヴィオル様はいつもの通り、寝る前のティータイムを楽しむ。
忙しい日々の中で、ヴィオル様とふたり、ゆっくりとお話しできるこのちょっとした時間は、いつだってわたくしの心を癒やしてくれる。
「真っ白で綺麗……」
今日のスイーツは、見たことがないくらい真っ白で美しいロールケーキだった。
生クリームはもちろん、スポンジ部分までが真っ白で、まるで雪のよう。
「美しすぎて、食べるのがもったいないくらい」
「うむ。繊細な美しさだな。しかし、食べると意外にもあっさりして甘すぎない……これは、生クリームだけでなく、クリームチーズの風味も感じる」
「まぁ、確かに。しかもスポンジが絶品ですわ。ふんわりしているのにもちもちして……こんなにも真っ白なのは、卵を使っていないのでしょうか」
「あるいは卵白だけ使っているのか……いずれにしても美味いな」
相変わらずスイーツを食べているときのヴィオル様は本当になんとも幸せそうで、見ているこっちまで幸せになってしまう。
わたくしはまだまだ授乳中だから、ヴィオル様からひとくちいただく程度だけれど、それでも充分に美味しさが分かってしまうほど素晴らしい。
「セレン、来週の休みなんだが」
「はい」
「実はキャロルさんとリンスに協力して貰えることになってな、その……久しぶりに、ふたりでゆっくり出かけないか?」
「レアリー抜きで、デート、ですか?」
「うむ。その、たまにはいいかなと思って……」
若干頬を赤らめて、照れくさそうに誘ってくれるのがとてつもなく嬉しくて、わたくしは思わず顔が緩んでしまう。
嬉しい。
すっごく、嬉しい……!
「ヴィオル様のために、はりきってお洒落します!」
「それは楽しみだ。俺もちょっとは身ぎれいにしないとな」
わたくしが勢い込んで言うと、ヴィオル様も嬉しそうに笑ってくれる。
ヴィオル様は何を着たって美しいけれど、違う装いもまた楽しみかも知れない。
「よし、来週の夜の話題は、一緒にどこに行って何をするか、作戦会議することにしよう」
「ふふ、楽しみですわ!」
本当はヴィオル様とふたり、一緒にいられるだけでも幸せだけれど、思い出に残るようなことをするのもきっと楽しい。
妻として、母としての時間だけでなく、これからも恋人としての時間も共に楽しめるのだと思うと、それがとても嬉しくて。
「ヴィオル様、大好きです」
「俺もだ」
わたくしの髪を優しく撫でて口づけてくれる。
ヴィオル様の温かさを感じて、とても幸せな気持ちになるわたくしだった。




