【ヴィオル視点】基礎ほど強いものはない
「セレン嬢も気付いたとおり、『操風』は今では生活魔術に分類されている」
しかも用途はさほどなく、例えば落ち葉を集めたり洗濯物を乾かしたり、火の勢いを強めたり……ぶっちゃけあってもなくてもいいレベルの扱いである。不憫だ。
「風を起こし、それを操る。シンプルな魔術だが」
「風の魔術の基礎の基礎、魔力が少なくても使えると書いてありましたわ」
「基礎すぎてこのところは魔術学校でも項目を飛ばしているくらいだ。他の……例えばウインドカッターでも似たような操術を教えられるからな。だが、基礎ほど強いものはない。風の魔術は全てこの『操風』を起源としていると言っても過言ではないのだ」
「まぁ、ではトルネードやジェットストームのような大魔術も、『操風』が元になっているというの?」
「もちろんだ。元は木の葉を巻き上げる自然の風の動きを研究して再現し、その威力を究極まで上げていったのがトルネードだ。攻撃魔法として確立され特化した魔術は、威力は高いが創造や工夫の余地が少ない。その点『操風』ならば魔術の構成が単純なだけに工夫し放題なのが面白いところでな」
「……そういうものなのね」
きょとんとした顔でセレン嬢が相槌をうつ。分かる、そう話されただけじゃピンと来ないよな。
「うーむ、やって見せた方が早いか。セレン嬢、悪いがちょっと抱き上げておいてくれ」
「喜んで」
いそいそと寄ってきて幸せそうに俺を抱き上げてくれたセレン嬢の目の前で、俺はテーブルの上いっぱいに小さな結界を張り、その中に擬似的に小さな砂漠と岩だらけの荒野、そして湖のようなものを作った。
瞬く間に出来上がった箱庭のような光景に驚いたのか、セレン嬢の俺を抱きしめる腕に力が入る。見上げてみれば、セレン嬢は目を輝かせて喜んでいた。
「すごい! すごいわ、ヴィー! どうやったの? まるで世界を作っているみたいだったわ!」
「土魔法と水魔法が出来ればこれくらいはなんとでもなる」
それに感動して欲しいのはそこじゃない。
「よく見ていろよ、これから小さなトルネードを起こす」
宣言して、俺は箱庭の右端に小さな竜巻をうみだした。熟練すればトルネードという大魔術を、小さく、しかし密度だけは変えずに再現することも可能なのだ。
可愛い竜巻が即席の箱庭の中で砂漠を、荒野を、湖を横切っていく。
通る道すがらにあった砂や岩や水はトルネードの威力に弾き飛ばされ、トルネードが通った道筋が綺麗に一本、線として残っている。もちろん湖は弾かれた水のぶん直径が小さくなっただけだが。
端から端まで綺麗に横断したトルネードをそのまま端で待機させ、俺はもう一度セレン嬢を見上げる。
「このトルネードの色を覚えておいてくれ」
「分かったわ。でも、色というか……透明なような、グレーなような……難しい色合いね」
「まぁ、風だからな」
言いながら、俺はまた箱庭に意識を集中させる。
「次は、同じようなものを『操風』で再現する。どう違うか見ていろ」
「ええ。……あっ、さっきはいきなり円錐形の竜巻が現れたのに、これは小さなつむじ風がむくむくと成長しているみたいに見えるわ」
「もっと高速で同程度の竜巻を作ることも無論できるが、あえて違いが解るように速度を調整している。じっくり見ておけよ」
セレン嬢なら、きっとすぐに再現できるようになる筈だ。
さっきのプチトルネードと同じサイズにまで成長させて、操風の竜巻を今度は縦に走らせる。すると今度の竜巻は進むほどに明らかに色が変わっていった。砂漠を通れば砂を巻き込んで茶色に変色し、岩場の荒地を通れば砕かれた岩が竜巻に混じる。湖を通ると水の粒子までもを取り込んで、いよいよ竜巻は形容し難い色へと変貌を遂げた。
「すごい……周囲のものを、取り込んでいるの……?」
「そうだ。『トルネード』は最初から完璧で混じり気のない竜巻を作り出す魔術だ。どれだけの距離を進もうが、周囲を破壊し弾き飛ばすだけで混ざりあったりはしない。だが、『操風』で作り上げた小さなつむじ風は、破壊したものを取り込んで砂嵐を作ったりすることもできる。工夫次第で違う属性を取り込むこともできるわけだ」
「なんとなく、ヴィーが言いたいことが分かった気がするわ」
「そうか! 良かった」
ホッとした。まだ本当に理解できているわけでもないだろうが、工夫次第で色々出来そうだと思ってくれれば、今日のところはそれでいい。
「もうひとつ言うと、『トルネード』は上級魔術だ。選ばれた者しか使えない。膨大な魔力とトルネードを構築しその圧倒的なパワーを制御出来るだけの力がないと容易く崩壊するし、下手をすれば災害を引き起こす可能性もあるからな。そう簡単には習得できないのだ」
「そうですわね。わたくしも一生のうちにこの目で見ることすらあるかないかくらい、夢のまた夢のような魔術だと思っていましたわ」
「だろうな。俺すらそう簡単には見ることがないしな。その点『操風』はとっつきやすいぞ。なんせそこそこの適性さえあれば、誰でも使える基礎魔術だからな」
「なのに、極めればさっきのようにトルネードに匹敵するような威力にする事もできると?」
「そうだ。興味が出たなら、風属性の基礎と『操風』を今日はみっちりと教えるが、どうだ? 風の魔術とは空気自体を操る魔術でもあるからな。それなりに奥が深いぞ」
問い掛ければ、セレン嬢は満面の笑みで俺を見下ろす。
「とてもとても興味が出たわ。ヴィー先生、どうかみっちり教えてくださいませ!」




