【ヴィオル視点】これはヤバすぎる案件だ
「まあ、ヴィーったら猫ちゃんなのに詳しいのね」
「ぐ……主が知っていることであれば、概ね知っていると思ってくれていい」
我ながら苦しい言い訳だ。だが、セレン嬢は安心したように微笑んだ。
「それならば良かったわ。ヴィオル様は歴代の特級魔術師の中でも実力は随一だと言われる方ですものね。ヴィーも素晴らしい先生だと思っていいのね?」
「まぁ、そうだな」
「わたくしだって、あと三ヶ月で試験の資格を得て、さらに試験をクリアするのはかなり無謀なことだなんて嫌と言うほどわかっているわ。でも、死ぬ気でやり遂げなければ」
セレン嬢が決意に満ちた目で強く拳を握る。ガッツポーズを決める令嬢など初めて見た。
「教えるのは教えるが……正直に言って無理だと思うぞ。才能を認められた者たちが王立魔術学校で数年をかけて鍛錬しても手が届かないほどの難関だ。魔術学校にすら通っていない君が、三ヶ月死ぬ気で鍛錬したところで通るような甘い試験ではない」
特級魔術師は、この国に住む者ならば一度は憧れるであろう職業だ。
物理も魔法も通さない強固な魔法防壁を交代で張り続け、壁番でない日は魔道具と魔術の開発に明け暮れ、魔物が発生すればその膨大な魔力で殲滅する。この国の国防を一手に担っているのが少数精鋭の我が第三魔術師団、特級魔術師たちである。
もちろん、そんじょそこらの実力では試験など受ける資格すら貰えない。魔力値、魔術適性共にAランク以上、かつ魔獣討伐実技Bランク以上の強者のみが試験に挑む事を許される狭き門だ。
圧倒的に稀少で、名誉ある任務。ゆえに、認定された瞬間から平民だろうが孤児だろうが貴族だろうが、出自を問わずその身分は一律『特級魔術師』に叙され、上位貴族と同等の待遇と莫大な給金が支払われる。
才能がある者の中のほんの一握りだけが就ける夢の職業。平民や孤児は実利のために、貴族は国防の名誉のために、必死でこの職を目指しているのが現状だ。
「それでもやらなければ……この国と、あの方のために」
ポツリとセレン嬢が呟く。
俺はため息をついた。よほど決意はかたいらしい。
そこまで言うならやるだけやってみればいいだろう。少しくらいなら特訓に付き合ってやってもいい。しかしまぁなんだって将来の国母となる筈の娘が、わざわざ特級魔術師の試験なんざ受けようとしているんだか。
そう心の中でぼやいた瞬間に、事の重大さに気づいてしまった。
そもそも公爵家として特級魔術師を目指させようと考えているのならば、セレン嬢は王立魔術学校に行っている筈だし、妃教育など受けてはいない筈だ。
つまり、これはセレン嬢の独断というわけで。
これはヤバい。ヤバ過ぎる案件だ。
特級魔術師になればその瞬間、それまでの身分や家格は問答無用で剥奪される。それはどんな上級貴族であってもだ。俺の考えが正しければ、彼女は特級魔術師になることで、妃になる運命から逃れようとしているんだろう。
確かに特級魔術師なら、王族ですらその認定を止められない。
公爵家の令嬢が、我が身を削って国の盾になるというのなら、この国では好まれるある意味美談だ。殿下との婚約が履行されずとも、公爵家が罪に問われることもないだろう。
だが、なぜだ。
妃教育はかつてないほど順調だと誰もが皆、口を揃えて言っていた。陛下や皇后殿下も信頼している、穏やかで努力家だと評判もいい、次代も安泰だと城下まで噂になるほど君はうまくやっていた筈だろう?
なぜ今になって、急に。
そう問おうとした俺の脳裏に、今日見たばかりの彼女の赤い目尻が思い出された。
もしかして……そう思って彼女を見れば、テーブルの上で彼女の小さな手は白くなるほど強く握りしめられている。彼女とて大変な決意でそれを口にしているのだと思い知らされてしまった。
テーブルの上に乗せられていた俺は、おずおずと近づいて、彼女の白くなった手に前肢をちょこんと乗せる。彼女の手は、小さく震えていた。
「……セレン嬢、理由だけ教えてくれるか? なぜ君は急に特級魔術師を目指そうと思った」
「それは……」
言いづらそうに、セレン嬢が目を逸らす。
「大丈夫だ、君の希望通り俺は口が堅い。というか、俺は主によって君のために作られた使い魔だからな。基本君と主以外には話など出来ない」
もちろん嘘だが、セレン嬢を安心させるには充分だろう。案の定、セレン嬢の表情が和らいだ。
「話せ。君のおかれている状況によって、俺も本気で指導する」
その言葉を聞くや、急にセレンの目が本気の色を帯びて、背筋がシャンと伸びた。その変わりように驚いて、俺の耳もひげも尻尾もピンと立つ。
あっ! と思った時にはもう遅い。油断していた俺の小さな顔をはっしと両手で包んで、セレン嬢が鬼気迫る勢いで俺に詰め寄った。
だから顔が近い! しかも目の色がヤバい。なんかもう怖いんだが。毛が逆立つってこういう感じか。
「話すわ。ぜんぶ話す。だからヴィーも、本当の本気で取り組んでちょうだい!」




