マリエッタの気持ち
魔法、なんて言い方に思わず笑ってしまった。
「わたくしにも訳が分からないのよ」
「嘘よ。あの石像みたいに喋らない笑わないで有名な魔術師団長が、あんなに楽しそうに笑ったのなんて初めて見たもの! ねぇお姉様、教えてよ」
「ヴィオル様はそんなふうに言われているのね。体調が悪そうだから、って魔術を教えてくれるような優しい方なのに」
「んもぅ、はぐらかさないで」
マリエッタは唇を小さく尖らせて、可愛くねだる。こんな仕草は子供の時のままで、あどけなさを感じてつい言うことをきいてあげたくなってしまうのだけれど、生憎と明確に返せる答えなど持っていない。
それでも何か答えてあげたくて、わたくしは少し考えてから口を開いた。
「ヴィオル様は多分……わたくしが魔術をちゃんと使えているか、確かめたかったのだと思うわ」
ちょっとした口約束、しかもヴィオル様にはなんの得もない筈のことのために、あんなに可愛らしい黒猫ちゃんを使い魔として派遣してくれるくらいだもの。きっと責任感の強いお方なのだと思う。ヴィーがちゃんと教えられているか、わたくしがちゃんと上達しているか、きっと気になったのに違いない。
本をたくさん頂いた時以来お会いしていなかったけれど、心配してくれていたんじゃないだろうか。
「それでダンスに誘うかしら。会ってお話しすればいいじゃない」
「わたくしにも詳しくは分からないけれど、触れたほうが魔力の流れがよく分かるとか、そういうことでもあるのかしらね」
「かしらね、って……」
マリエッタはほっぺを膨らませているけれど、わたくしにもそれ以上は分からない。
「じゃあ、ボーデン宰相は?」
「ヴィオル様がわたくしの足を踏んで、ヘリオス殿下に苦言を呈されたものだから、場をおさめるためにみえたみたいね。ヴィオル様とボーデン様は、仲の良いお友達なんですって」
「じゃあ、リース様は? あの方だっていっつもお姉様とお話ししてばかりで、全然踊ってくださらないのよ」
「リース様はボーデン様の弟ですもの。きっとボーデン様に頼まれたのじゃないかしら」
ますますマリエッタのほっぺがぷくっと膨れる。
「マシュロ様はどうなの? リース様に頼まれたとでも思っているの?」
「そういう雰囲気ではなかったわね」
「じゃあ、やっぱりお姉様と踊りたかったんだわ」
「さあ、マシュロ様は本当に分からないのだけれど……もしかしたら練習台じゃないかしら。マシュロ様だってマリエッタと踊りたいでしょうに、なぜ踊らないのかしらと常々思っていたのよ。確かにあのステップじゃマリエッタの足を踏んでしまいそうで怖かったんだと思うわ」
「お姉様……!」
なぜかマリエッタが怒っている。早く寝て、という以外のことでこんなに怖いマリエッタは初めてで、わたくしは慌てた。
「ねえ本当にそう思っているの? さすがにそれは、勇気を出して誘った人たちに失礼だわ!」
そう思っていた、とは口に出せなかった。だって火に油を注いでしまいそうだもの。
「ダンスはね、基本的に仲良くなりたい人を誘うの! はっきり言うと、好きな人を誘うものなの!」
マリエッタがティーテーブルごしにずいっと乗り出してきて、わたくしの両手をしっかりと握り目を合わせる。そして真剣な面持ちでこう言った。
「つまり、今日ダンスに誘って来た人たちは、お姉様に気があるんだと思うの!」
マリエッタはわたくしの両手を握ったまま立ち上がって、力強くそう宣言する。迫力満点だったけれど、わたくしはさすがに返事が出来なかった。だって、今まで随分と夜会があったのよ? でもわたくし、今まで誘われたこともないのですもの。そんなことを言われても現実感がないというか。
きっとマリエッタはロマンチストなのね。
「信じてないわね? でも考えてもみて。お姉様はヘリオス殿下の婚約者だもの、誘いたくても遠慮していたんだと思うわ。あの魔術師団長が突破口になってくれたおかげで、今まで誘えずにいた人たちも勇気が出たんじゃないかしら」
ボーデン様は別として、リース様やマシュロ様が、遠慮してわたくしを誘えずにいた……?
ないない。リース様はともかくとして、マシュロ様は絶対にない。だってあんなにもマリエッタのことが好きだというのに。
「お姉様にはヘリオス殿下という素敵な婚約者がいるのだから、誰かに想われたところで気持ちを返せないのもわかっているわ。でも……もしかしたら、叶わないと分かっている気持ちをずっとずっと抱えて……やっと今日、ダンスを申し込めたのかも知れないじゃない」
急にマリエッタの声のトーンが落ちる。わたくしはハッとした。
「ダンスを申し込むのだって勇気が要るのよ。彼らの気持ちだけはわかってあげて欲しいの」
マリエッタの悲しげな表情に、わたくしは確信した。マリエッタがこんなにも感情的になっているのはきっと、マリエッタ自身が『叶わぬ想い』を抱えているからこそなんだわ。
そして、それは……ヘリオス殿下への想い、なのでしょう? だって、マリエッタからダンスを乞うのは、いつだってヘリオス殿下ただ一人だもの。
そう思ったときには、口から言葉が溢れていた。
「マリエッタも、そうなの?」
「……!」
驚愕で目を見開き、マリエッタの手が震える。わたくしから離れていったマリエッタの両手は、自身の胸元をきつく握りしめた。
ああ、やっぱり。
「マリエッタは……」
「聞かないで!」
重ねて尋ねようとすれば、泣きそうな顔で止められる。
「お願い。答えられないことを、聞かないで……」
その顔で、全てがわかってしまった。
マリエッタはきっと、ずっとずっと前から、ヘリオス殿下への想いを胸に秘めていたんだわ。




