【ヴィオル視点】部屋に呼び出されたんだが
俺やボーデンが踊ったから誘いやすくなった? いや、ボーデンの弟だということを考えれば、最初からボーデンに何某か入れ知恵をされていた可能性も高い。
ボーデンの弟がゆったりとしたペースで危なげないリードを披露し、それに合わせてセレン嬢は穏やかな笑顔で踊り始めた。
そういえばあの弟はセレン嬢の魔術に気がついて声をかけてきたヤツだった。俺とセレン嬢の秘密を感づくことがあるとしたら、この兄弟に違いない。
踊り終えたボーデンが、様々な女性からかけられる声を笑顔で躱しながらこっちに来るのが見えて、俺は自身にかけていた隠密系の魔術をさりげなく解いた。
「やあ、ヴィオル。なかなかに目立っていたぞ」
案の定、ボーデンが気さくに話しかけてくるが、こんなに人目のあるところでなんと返せばいいのか分からず、俺は困った顔で無言になるしかない。それを見て少し笑ったボーデンは、近くにいたメイドを呼んで何事かを言いつけると、俺ににっこりと笑いかけた。
「珍しく踊って疲れているようだな。もし少し休みたくなったら、私の執務室で寛いでいくといい」
それだけ言って離れていく。
俺はため息をついた。貴族独特の言い回しは厄介なもので、ようは、「話があるから、あとで執務室に来い」ということらしい。なんせここは王宮だ。休むための部屋などいくつも用意されているし、なんならちょっと足を伸ばせば魔術師塔の自室でだって休めるのだから。
最初はそんな機微など分からず、「休むなら自室の方が落ち着く」とさっさと帰っていたものだが、あとでボーデンに苦笑混じりに諭された。なんでもストレートに「話があるから来い」などと言った日には、何を話したのかと痛くもない腹を探られるんだと。
人のことなど放っとけ、と思うんだが放っとけないのが貴族なんだろう。面倒臭い。
隠密魔術をかけなおし、思い出してしまった貴族の面倒臭さに若干腹を立てながらビュッフェのメニューを平らげつつセレン嬢を見守る。
ボーデンの弟とセレン嬢は屈託のない笑顔で笑い合い、いつの間にか周囲に溶け込み始めた。控えめな容姿で特に肩書きもなく、ダンスの腕前も突出した感じではない。ボーデンの弟の圧倒的普通感で、これまで目立ちまくっていたセレン嬢がこのダンスホールに馴染んでいく。
俺が仕掛けたことではあるが、生来の性格から考えてセレン嬢は目立つのはあまり得意ではなさそうだから、今頃きっとホッとしていることだろう。
セレン嬢の緊張がすっかり解けた頃合いで、ダンスの曲調が緩やかになる。セレン嬢がいつものようにテーブル席に戻るのかと思いきや、今度はセレン嬢の周りに人垣ができ、俺は目を丸くした。
どうした、急に。
えっ、おいおい、待てよ。
人垣の中に明らかにあの真っ赤な髪が見え隠れしているではないか!
なんでお前がダンスを申し込むヤツらの中に紛れ込んでいる!? 人垣に紛れて、なにか不埒なことなどしていないだろうな。
気になって気になって仕方がないが、男どもが邪魔で見えない。まあ、防護壁で守っているから物理的な攻撃は防げるが……と思ったところで、人垣が割れ男どもが離れていく。
……セレン嬢!
なにがあった! なんでよりにもよってその赤毛の手を取ったんだ!
心配で内心すっ飛んでいきたいところだが、さすがに夜会でそれは出来ない。ボーデンの弟が笑って見ているから、少なくとも目立ってなにかあったわけでは無いんだろうが……それにしてはセレン嬢が微妙な顔をしている。
お、疲労回復を強化したな。
さすがにぶっ続けで四曲目、殿下の分も合わせると今日は五曲めだ。普段さほど踊らないセレン嬢にしてみれば、疲れが出ても仕方ないだろう。
踊り始めて、すぐに異変に気付く。
あの赤毛、俺レベルでカチコチじゃないか? ここに居るということは仮にも貴族だろう、お前……。
セレン嬢がヒョイヒョイと躱しているからなんとかなっているものの、多分ステップも相当間違っている。もしかしたら俺より酷いかも知れない。人のことは言えないくせに、と自分で思いながらもちょっと呆れた気持ちで赤毛の顔をまじまじと見つめ、俺は首を傾げた。
あいつ、顔が真っ赤だが……そして、セレン嬢の顔を直視できないのか目まぐるしく目ん玉が動いている。あれでは普通に踊るなど到底無理だろう。あのダンスに笑わないで付き合っていられるとはセレン嬢はさすがだ。
そして俺は理解した。
この赤毛、妹御の信奉者だと聞いていたが、絶対に妹御じゃなくてセレン嬢に惚れている。
見ているこっちがいたたまれない。なんとか赤毛とのダンスが終わって、誘いに来た男どもをいなしたセレン嬢がダンスホールから降り令嬢たちとの歓談に入ったのを見届けて、俺はようやくその場を去った。
そろそろボーデンが待っている頃だろう。
今日はなんだかんだ言ってあいつに助けられたから、礼のひとつも言ってから帰るか。
余計なことを口走らないようにだけはしないとな。
自分なりに色々と考えながら王宮の廊下を歩き、ボーデンの執務室の扉を軽くノックする。
「やあ、遅かったな」
柔らかな笑顔を浮かべたボーデンが自ら扉を開けて出迎えてくれる。
「これは……」
旨そうな匂い。そして甘い匂い。
思わず誘われるように執務室に入ったら、テーブルの上には夜会の会場にあったような、ビュッフェメニューとともに麗しいスイーツたちが並べられていた。




