【ヴィオル視点】目線を追えば
ボーデンの圧巻のダンススキルであっという間にセレン嬢を連れ去られ、しばし呆然としてしまった俺だが、ふと隣を見たら殿下も同じくらい唖然とした顔で二人が消えていった先を見ていた。
気持ちは分かる。
「あの……ヘリオス殿下、次の曲が始まっておりますわ。よろしければ私を誘ってくださる?」
おっと、早くも殿下のダンスパートナーを務めたい令嬢たちが集まり始めた。殿下が彼女たちに気をとられた隙に、俺はさっさとダンスフロアを降りて自身に軽く隠密系の魔術をかける。
俺が編み出した特殊仕様の魔術で、姿は認識されるのに、話しかけようとすると存在が曖昧になるという優れものだ。こういった夜会に参加していることは認めさせつつも話しかけられたくはないという、俺の心の叫びが生み出したものだが、かなり重宝している。
セレン嬢がよく見える場所まで移動して、壁にもたれて一息ついた。
そうしてダンスフロアをじっくりと見回してみると、セレン嬢とボーデンに多くの視線が集まっているのがよく分かる。いつもは踊らないセレン嬢が俺やボーデンと立て続けに踊っているのがやはり珍しいんだろう。
ボーデンも仕事柄、踊っているよりもおっさん達と情報のやり取りをしている事の方が圧倒的に多い。
実際に俺の近くでも「宰相様はあんなにダンスがお上手だったのねえ」「こうして見ると素敵だわ」なんてヒソヒソと話す声が聞こえている。あいつときたら、毎月真面目に夜会に出席しているというのに、意外と女性陣に認識されていなかったらしい。
そして、「今日のセレン嬢……なんかちょっと可愛くないか?」「ああ、あの地味姫?」「俺はやっぱりマリエッタ嬢だな」というアホ面の貴族のボンボンどものあけすけな声も聞こえてくるのが腹立たしい。お前達のような輩がいるから、セレン嬢が自信を無くすのだ。
よし、ボンボンども。お前達の顔は覚えた。今に吠え面をかかせてくれる。俺は密かに決意した。
そんな有象無象の視線の中で特に気になる視線が三つ。
まずは殿下だ。さっき声をかけてきた女性と踊りながらも、さりげなく目線がセレン嬢を追っている。さっき踏まれた足が心配なのか、はたまた他の男と踊るセレン嬢が気にかかるのか。
その姿を見てしまえば、はたして本当に妹御のほうに惚れているのかと疑問に思う。さっきから、セレン嬢を気にすることはあっても、妹御に目線をやることなどないのだが。
そして、逆に妹御の方はターンをする際の些細な動作の延長上で、殿下やセレン嬢を見ていることが多かった。どうやら今日の夜会で、殿下と妹御には少し思うところがあったのだろう。直近なにかしら動きがあるに違いない。
そして最後があの赤毛のガキだ。
髪の色同様、燃えるような目でセレン嬢を凝視している。噂によると妹御の信奉者の一人らしいが、なにもそんな怖い目でセレン嬢を見ることもないだろうに。あいつ何かしでかしそうでちょっと怖いな、と思った瞬間、無意識にセレン嬢に強力な防護壁の魔術をかけていた。
大丈夫だとは思うが、保険だ、保険。
セレン嬢の身の安全を確保して安心した俺は、グラスを片手にそこらのテーブルにある小洒落たビュッフェメニューをつまむ。うん、やっぱり夜会の食い物は総じて旨い。
ダンスや会話に勤しむ合間に食べるものだから、どれも一口で食べられる手頃なサイズ感だが、味はもちろん抜群だ。アフタヌーンティーの時にも用いられる皿を重ねたような盛り付けで、俺のように立ったまま手を伸ばす輩でも食べやすい。
正直ケーキなどのデザート系が色とりどりに盛られている皿についつい視線が行ってしまうのだが、さすがにここでは食べられない。甘いものを食っている時はニヤケてしまうのを止められないからだ。
俺は貧乏よりの庶民だったから、ガキの頃は甘いものなんか滅多に食えなくて、今でも甘いものには完全降伏なのだ。
しかし旨そうだ……。
いや、いいんだ。今はセレン嬢がめちゃくちゃ旨い甘味を毎日のように用意してくれるんだから。今無理して食べなくても本当にいいんだ。
そう自分に言い聞かせていたところで、音楽が緩やかになってきた。そろそろセレン嬢もボーデンの手を離れる頃だろう。
ダンスの終わり目が一番状況が変わりやすく色々とおきがちだ。ここは見逃してはならない。そう思って見てみれば、ちょうどボーデンからセレン嬢が離れようとしたところだった。しかし、そこにスルリと新たな男が現れた。
誰だ? と一瞬思ったものの、並んだ姿を見れば一目瞭然。
あいつ、ボーデンの弟に違いない。
遠目で見ても二人とも中肉中背、目立たない落ち着いた容姿だ。違いがあるとすれば、ボーデンは茶のストレートの短髪を上品に撫で付けているが、弟の方は少しクセのある髪質なのか柔らかに波打った短髪だということくらいだろうか。弟が数年たてば今のボーデンになりそうなくらい似ていた。
あの弟はどんな意図でセレン嬢の手をとったんだ?




