【ヴィオル視点】よし、行くか
人波をかき分けて進んでいると、ついにダンスの始まりを告げるカドリールが流れ始めた。
今はまだ招待客の中でも最も位が高いペアだけが踊っているのだろうが、これが終われば、一斉に招待客達が踊り始める。セレン嬢はヘリオス殿下の婚約者なのだから、カドリールの次の曲では当然二人で踊るのだろう。
ホールの中央に近い場所まで進んで、途方にくれる。
なんだってこんなにたくさん人がいるんだ。
そもそも人混みが嫌いな俺は早くもうんざりし始めてしまった。絶対に三百人とかいるだろう、これ。この中からセレン嬢を見つけるなんて至難の業だ。せめてどんなドレスを着ているのか、色だけでも聞いておけば良かった。
キョロキョロとセレン嬢の姿を探しているうちにカドリールが終わってしまった。
そこかしこで互いに目を合わせ、パートナー達がごく自然に寄り添い合うと、二曲目の音楽が流れ始める。
「まぁ、珍しい。ヴィオル様だわ」
「ダンスには誘ってくださらないの?」
「どなたかお相手が決まっていらっしゃるの?」
あっちからこっちから声がかかるのを躱すのももどかしい。どこにいるんだ、セレン嬢は。
ヘリオス殿下と踊っているんだから目立ってたっていいはずなのに。
寄り添い合って踊る男女を目をこらして見ていくけれど、なかなかセレン嬢は見当たらない。困ったな……と思ったところで、そういえば、と思い当たる。
ボーデンに用があって夜会に来ると、いつもなんでだかヘリオス殿下が踊っているところは目に入る、と思っていたんだった。
よく考えればボーデンは宰相だから、王族ともいつも近い位置にいるのかも知れない。ということは奥に近い場所だ。こんなところに居るはずがなかった。
場所さえ分れば迷うことはない。
できるだけ声をかけられないように壁際の食事を楽しむためのスペースを急ぎ足で抜けていく。二曲目も終わろうというその時に、俺の目にセレン嬢の控えめな笑顔が映った。
……いた。
知らず、足が止まる。
ちょっとだけ見惚れてしまった。セレン嬢は自分のことを『地味だ』と評していたけれど、正しくは清楚、可憐という言葉が似合いだろう。
特に今日は淡い水色のドレスがその可憐さを引き立てている。よくあるふわっとしたボリュームのあるドレスじゃなくて、華奢な体に沿うようなボリューム控えめなドレスなのもセレン嬢らしい。セレン嬢が踊る度にドレスや琥珀色の髪がふわふわと揺れるのも可愛かった。
綺麗なのになぁ。なんであんなに自信なさげなんだろう。
どこからどう見ても王子様、という完成された美形のヘリオス殿下と踊っていてもやっぱり見劣りしないと思う。見つめ合ってはポツリ、ポツリと何か話している様子の二人を見るのは、少しだけ胸がモヤモヤした。
そうやって見守る時間はさほど長くはなかったと思う。
やがて曲がゆっくりとスローテンポになり音がやむと、最後に少しだけ微笑んで、セレン嬢はヘリオス殿下の元から離れていった。
俺が猫の時に見せてくれるいつもの楽しそうな笑顔とは明らかに違う、憂いを含んだ切なげな微笑みに、こちらの胸まで僅かに軋む。
吹っ切れたみたいに言ってたが、吹っ切れてはいないよなぁ……。
そのままセレン嬢は俺が居る場所よりももっと奥の立食スペースへと優雅に移動し、ヘリオス殿下の元へは新たな令嬢が現れた。
……ってあれ、セレン嬢の妹御じゃないか!?
さも当然みたいにヘリオス殿下に笑いかけ、一言二言言葉を交わすと、流れるように次の曲に合わせ踊り始めた。セレン嬢が『絵のように美しい』と表現したのも頷ける。確かに美男美女だ。
しかし妹御は今日もめちゃめちゃ気合いの入った出で立ちだな。
セレン嬢が清楚、というイメージならこっちは可愛さを存分にアピールするようなあしらいだ。俺はドレスだのファッションだのはわからんが、妹御のほうが高価そうなドレスだと感じた。なんせ花やらリボンやら宝石やらがじゃらじゃらついてる。
二人は踊り慣れた様子で会話を交わしながら優雅にステップを踏んでいて、セレン嬢はその様子を気にするふうでもなく他の令嬢達と穏やかに談笑している。
ああ、きっとこれがいつも俺が見ていた光景だ。
こんなふうにいつもヘリオス殿下は次々にそれこそ休む暇も無く様々な令嬢達と踊り、セレン嬢はああして壁の花になっていたのだろう。
「マリエッタ様、今日もお美しいわねぇ」
「あの髪にあしらってあるお花、すべて生花だそうですわ」
「でもあの花、たしかフィレージュでしょう? 季節ではないのではなくて?」
「さすが公爵家ですわねぇ」
なるほど、マリエッタ嬢はこうしてよく噂の種になっているわけか。貴族は噂になってこそ、なのかもしれないが俺は面倒だから御免だな。
「マリエッタ嬢、次は俺と踊ってくれないかな」
「競争率は高いが、玉砕覚悟でいってみるか」
あっちでもこっちでも、男達がそわそわしている。こうしてみると本当にマリエッタ嬢はたいそう人気らしい。ヘリオス殿下とのダンスが終わって側を離れた途端、マリエッタ嬢はあっという間に男達に囲まれてしまった。
そして、ヘリオス殿下にも女性達がおずおずと声をかけている。
互いに次の相手が決まったのか手を取って踊り始めているが、その周囲には既に、次のパートナーの座を勝ち取ろうと虎視眈々と狙っているらしい男女が集っていた。
対するセレン嬢は食事スペースでゆったりと会話を楽しんでいる。まさに静と動、対照的な夜会の過ごし方だ。でもセレン嬢、今日はちょっとだけ俺に付き合って貰いたい。
よし、行くか。
襟を正し、俺はこっそりと息を整える。次のダンスが終わる頃、セレン嬢に声をかけねば。




