【ヴィオル視点】防護壁を教えるべきか
俺が身じろぎすると、セレン嬢の手が緩む。すでに阿吽の呼吸で俺が腕から抜け出したくなったのを悟り、行動を制限しないように気を遣ってくれたようだ。
俺はセレン嬢の膝からひらりとテーブルに身を移し、ひとつノビをしてからセレン嬢に告げた。
「意思に変わりがないのなら、早速始めようか。今日はあまり時間がないからな」
「ええ。今日もウインドカッターでいいのよね」
「もちろんだ」
さっと結界を張れば、セレン嬢の体に魔力が満ちる。
瞬時に放たれたウインドカッターはその数十五枚ほどはあるだろうか。確実に増えているし、音が格段に良くなった。音のキレが良くなるのはスピードが上がっている証拠だ、これならば殺傷能力は確実に上がっているだろう。
「すごいな、また成長している」
「さすがにウインドカッターはヴィーがいないと練習できないから、疲労回復の厚みを変える練習をスピード重視でやってみたの。やっぱり魔力の操作自体は同じだから、こっちにも効果が出るみたい」
良かったわ、と素直に喜ぶセレン嬢にもはや苦笑しか浮かばない。
先日と同じように自分で工夫しながらウインドカッターを結界に絶え間なく打ち込んでいくセレン嬢をクッションの上で眺めつつ、俺は防護壁をいつ教えるべきかを思案していた。
防護壁自体はぜったいに覚えねばならない魔法だ。
最悪の場合、攻撃がうまく当たらなくても防護壁さえ強固なものを発動出来れば死にはしないわけだから、そのうち勝てる。もちろん効率は悪いが。
だから早いとこ教えたい気持ちもあるが、一方で防護壁の上位魔術に結界と魔法防壁が入っているのが問題だ。特に結界。この勢いで様々な指南書を読み漁れば、セレン嬢なら自力で上位魔法にたどり着いてしまいそうだ。
うーん、どうすべきか。
やっぱりもう少し間をおいてからでもいい気もする。
なんせ疲労回復しか日常で鍛錬していないというのに、セレン嬢はすでにそれで得た経験を攻撃魔術に転用することも容易に行なっている。
攻撃魔術はもともと疲労回復と防護壁との親和性が高く経験を転用しやすい魔術だ。今の調子で疲労回復を鍛錬すれば、自ずと防護壁を習得した時にも精度高く実現できるだろう。
まぁとりあえずは防護壁の習得よりも先に、ウインドカッターと疲労回復の魔術併用をやらせてみたほうがいいだろうな。その方があとからつぶしがきく。
そんなことを考えていた時だった。
「くっ……」
セレン嬢の小さな呻き声が聞こえると同時に。
バシュッ!
何かが弾かれたような音がしたかと思ったら、一斉に空気の刃が飛び出した。そして凄まじい音を立てながら、物凄いスピードで刃たちが結界へとなだれ込んでいく。
「きゃあっ」
そして、セレン嬢は弾けるように後ろへと倒れこみ、派手に尻餅をついた。
え……なに……? 何が起こった……?
なんか今、一斉にすごい数の刃が飛ばなかったか!?
今まではこう、次々に刃が打ち出されていく感じだったのに、急になんで。っていうか、普通の魔術師のウインドカッターは数枚の刃をまとめて何回か打ち出して数をかせぐ方式だ。今のは、そのどちらとも違う飛び方をしていた。
「痛い……」
セレン嬢の呟く声に我にかえり、俺はテーブルから飛び降りてセレン嬢の側に寄る。床にはふかふかの絨毯が敷いてあるから、さほどのダメージはないだろうが……猫の姿なばっかりに助け起こせなくてスマン。
「大丈夫か」
「ええ、ちょっと勢いがつきすぎてしまったみたい。……あら? 痛くなくなった……?」
「ああ、軽微な回復魔術をかけたからな」
「ありがとう。ヴィーは息をするくらい簡単に魔術を使うのね」
セレン嬢は笑いながら立ち上がると、自分のドレスを叩いて皺が出来ていないか確認する。俺が見た限り問題はなさそうだが。
「セレン嬢、今のはなんだ。一斉に刃が飛んだように見えた」
「勢いが足りない気がしたから、やり方を変えてみたの。今までは刃の形の柱を上から順に素早く切っていくイメージだったのだけれど」
「そう言っていたな。器用なやり方をする、と感心した」
「ありがとう。それでね、今回は刃の形の柱を櫛のようなもので一瞬で切って飛ばせば、もっと早いのかもと思って」
「よく思いつくな」
「ただ飛ばすより、弓のように引き絞ってから飛ばせば勢いがつくでしょう? それで」
やってみたら勢いがつき過ぎて、その反動で転がったわけか。
いやはや。なんというか。
「ちょっと改良が必要だけれど、概ね成功だと思うわ」
「そうだな」
うかうかしてると俺ですら追い抜かれそうだ。俺のダンスの練習の捗らなさに対して、セレン嬢の成長っぷりときたらまぁ、羨ましいくらいなんだが。
「まぁ、どうしたの、ヴィー。しっぽがシュンとしてるわ。わたくし、もしかして何かやってはいけないことをしてしまったの?」
「違う違う。お……主がダンスの練習がうまくいかんと嘆いていたから、セレン嬢くらいメキメキ成長できれば楽しいんだろうが、と思っていただけだ」
俺が正直に話すと、セレン嬢は目を丸くしたあと、楽しそうに笑い出した。
「まあ、ヴィオル様にも苦手なものなんてあるのね」
「むしろ魔術以外はほとんど苦手だぞ」
「意外だわ。でもダンスの練習をなさっているということは、次の夜会ではヴィオル様が踊るところを見ることができるのね」
「だろうな」
それも真正面で見ることになる、とは言わないでおく。
「楽しみだわ。きっと素敵でしょうね」
すまん、セレン嬢。俺的にはみっともなくない程度に踊るのが精一杯なんだ。




