考えては駄目。
「マシュロ様……」
「どうしてここへ?」
マシュロ様に声をかけようとしたわたくしを遮って、ヘリオス殿下がマシュロ様に問う。なぜかその口調は詰問に近い。ヘリオス殿下はわたくしを抱き留めた格好のまま顔をマシュロ様の方に向けていて、わたくしの角度からは表情が窺えなかった。
マシュロ様は気まずそうな顔でわたくしをちらりと見てから、さっと顔を逸らす。そしてしかめっ面をさらにしかめて小さくこう言った。
「……マリエッタへのプレゼントを探しに来たんだ」
ハッとした。
そう、そうよね。ヘリオス殿下はマリエッタの誕生日プレゼントを一緒に買いに行こうというマシュロ様達の誘いを断って今ここにいてくれているのだもの。
わたくし、浮かれ過ぎて忘れていたわ。同じく街に来ているのだから、遭遇するのも道理だ。急に気まずくなって、自然わたくしの視線は足元へと落ちていく。
「そうか」
なぜかヘリオス殿下はホッとしたようにそう言った。そしてすぐに声に疑問の色が混ざる。
「みんなは? 一緒じゃないのか?」
「手分けをして、探しているから……」
「そうか、頑張れよ」
ヘリオス殿下の腕から完全に力が抜けて体が自由になった。もしかすると、ヘリオス殿下も気まずい思いをしていたのかもしれない。
「セレン」
「はい」
「そろそろ行こうか。予約に間に合わなくなってしまう」
ヘリオス殿下の手が優しく背に触れて、促される。見上げれば、ヘリオス殿下は微笑んで頷いてくれた。その優しい紫色の瞳を見ると、自分の感情が落ち着きを取り戻していくのが分かる。
大丈夫。ヘリオス殿下は、今日はわたくしと一緒にいてくれると決めてくれたのだから……わたくしも、普通に振る舞わなければ。
「では失礼するよ。マシュロはここに用があるんだろう? 結構品揃えは良かったぞ。なあ、セレン」
「は、はい。……あ、でも、マリエッタなら香水瓶の方がいいかも。今、可愛らしい香水瓶を集めているからきっと喜んでくれるわ」
なぜかマシュロ様の顔が泣き出しそうに見えて、ついそんなことを言ってしまった。マシュロ様は虚をつかれたような顔をして……すぐに顔を赤くする。
「し、し、し、知ってるに決まってんだろそんなこと」
「そうよね、ごめんなさい。でも、流線型のものが欲しいらしいから、贈ってあげるととても喜ぶんじゃないかと思ったの」
「……」
マシュロ様が唇を噛んで目を逸らしたところで、ヘリオス殿下が「もういいだろう?」とわたくしを促す。そのままマシュロ様の横を通り過ぎようとした時、マシュロ様がバッと顔を上げた。
「それは……?」
マシュロ様はわたくしの顔と、胸に抱くヘリオス殿下からのプレゼントを交互に見て、眉根を寄せる。
「それは、俺がセレンにプレゼントしたものだ。とても気に入っていたようだから、今日の記念に」
殿下がわたくしを見てそう言ってくれたから嬉しい気持ちがまた込み上げてきて、つい口元が緩んでしまった。だらしない顔をしていないかしら、と心配になった時、マシュロ様が苦虫を噛み締めたような顔で呟いた。
「マリエッタの誕生日プレゼントは一緒に選んですらくれないのに、セレンにはなんでもない日でもプレゼントをするんだな」
その言葉が妙に胸をついた。ヘリオス殿下の反応が怖くて、わたくしは身を固くする。
「当たり前だろう。セレンは僕の婚約者なんだから。それになんでもない日じゃない、今日の記念にプレゼントしたんだ」
「ヘリオス殿下……」
「初めてこうして一緒に出かけた記念にな。むしろ今まで一緒に出かけるようなこともなくて、申し訳なかったと思っている。すまなかったな、セレン」
「いえ……!」
「これからはこうやって一緒に出かけよう」
ヘリオス殿下がそう言って微笑んでくれて、わたくしの肺にようやく空気が入ってきた。空気を吸うことすら忘れていたのか、と自分に驚く。
「……ちくしょう……」
「え?」
小さな声で、マシュロ様が何か呟いた。聞き取ろうと思わず一歩踏み出したのがいけなかったのだろうか。
「婚約者、婚約者って。たいして好きでもないくせに」
「!」
聞こえてしまった言葉は、容赦なく私の胸を抉った。その通りだ。婚約者だから、ヘリオス様はわたくしを優先してくれているだけ。
……たいして好きでもないくせに。
その言葉の残酷さに、わたくしは震えそうになるのを必死でこらえることしか出来なかった。
「なんだよマシュロ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれないか?」
「いや、なんでもない。良かったな、セレン。『婚約者』様のプレゼント、大事にしろよ」
ヘリオス殿下は聞き取れなかったようだけれど、むしろそれで良かった。もしはっきりと「国のためだ、気持ちなど必要ない」なんてことを言われたら……考えただけで泣きたくなってしまう。
「感じの悪いヤツだな。いったい何を考えているんだか」
さすがに気分を害したらしいヘリオス殿下は、店にすら入らずに去って行くマシュロ様の背中にそう呟く。そしてふと気がついたように懐中時計を取り出した。
「おっと、変なところで時間をくってしまった。急ごう、待たせてしまうと店に悪い」
「はい」
ひとつ返事をして、わたくしはヘリオス殿下からのプレゼントをぎゅっと抱きしめる。
余計なことを考えては駄目。
今日は、今日だけは、精一杯ヘリオス殿下との時間を楽しむと決めたのだもの。




