美しい思い出になるなら
「はい、ガラスが陽に透けてとても綺麗だと思って……これまでのものは、実用性に特化しておりましたので」
「確かに綺麗だ」
そう同意してくれたヘリオス殿下は、ショーケースの中を覗き込むと感嘆の声をあげる。
「へえ、このペン置きにはインクが入れられるのか。考えたな」
「ええ、使いやすそうでしょう?」
「ペン先の溝は模様かと思っていたが、この溝がインクを吸い上げるんだな。インク持ちがいいと書いてある」
「えっ?」
「ほら、ここに」
ヘリオス殿下が指差す先には、確かにこのガラスのペンについて書かれた手書きの説明書きがある。ペンの美しさに見とれて、説明書きがあるなんて全く気がつかなかった。
「一本一本手作りなんだな。こんなに微細な細工ができる職人がいてくれるのはありがたいことだ。きっと腕もあるがアイディアにも富んだ人物なんだろう」
「本当に」
ヘリオス殿下、とても嬉しそう。
自国にこんなに優れた職人さんがいることは誇れることですもの。お気持ちはとてもよく分かる。熱心にガラスのペンを見つめるヘリオス殿下の横で、わたくしは同じものを美しい、素晴らしいと思えることに沁みるような喜びを感じていた。
「セレン」
「はい」
小さく呼びかけられてヘリオス殿下の方へ顔を向ければ、少し照れたような表情のヘリオス殿下と目があった。
「もし良かったら今日の記念にこの素晴らしいペンをプレゼントさせてくれないか? 色もこんなに豊富にある。きっと気にいる一本があると思うのだが」
「えっ……」
「ぜひ受け取って欲しい」
とまどうわたくしに、ヘリオス殿下が重ねて言う。その表情がとても優しくて……いいのかしら、という思いもあったけれど、わたくしはありがたくご好意を受けることにした。
「ヘリオス殿下、嬉しいです……! ありがとうございます」
お礼を言うと、ヘリオス殿下はとてもとても嬉しそうに笑ってくれる。その顔を見て、わたくしもさらに嬉しくなった。
ヘリオス殿下がせっかくプレゼントしてくださるんですもの。
わたくしは真剣にガラスペンの色を吟味する。最初で最後になるだろうこの幸せな一日を思い出せるような、そんな色がいい。
そんなわたくしを急かすでもなく、ヘリオス様は穏やかな微笑を浮かべて見守ってくれていた。
この瞳も、あと数三ヶ月もすればこんなに間近ではみることができなくなるのだろう。ふとそんな切ない思いが浮かんだ時、わたくしの手は自然とひとつのガラスペンへと伸びていた。
「わたくし……これにしますわ」
ヘリオス殿下の瞳を思わせる紫の軸は、光の加減で蒼にも紫にも見えて、そんなところも似ている。いつかこの日を思い出すとき、幸せで……けれど悲しい、この気持ちも一緒に思い出してしまうのだろう。そう思いながらわたくしはガラスのペンを手に取った。
「分った、預かろう」
わたくしの手から受け取った紫色のガラスペンをしげしげと見つめて、ヘリオス殿下はまた照れたように笑う。
「なんだか面映ゆいな」
「はい」
「せっかくだから、僕も揃いで買おうかな」
「それも素敵ですね。本当に綺麗なペンですもの」
「お買い上げですか?」
ペンを手に笑い合うわたくし達に、店員さんが声をかけてくれる。お店の方というのはお客様の状況を本当によく見ているのね。
「ああ、このガラスのペンを二点貰おう。この紫は彼女への贈り物に」
「かしこまりました」
「僕は……このアンバーの軸にしてくれるだろうか」
胸が詰まるようだった。
ヘリオス殿下のことだから、きっとわたくしがヘリオス殿下の瞳の色を選んだことにお気づきになったんだわ。だから、わたくしの瞳の色に似たアンバーの軸を揃いで、と選んでくださったのだろう。
嬉しい。
寂しい。
嬉しい。
感情が波のように押し寄せる。ヘリオス殿下がこんな気遣いをしてくださるなんて思っていなかった。
このペンは、きっとわたくしにとってとても大切な宝物になるに違いない。
綺麗にラッピングされたペンを胸に抱き、わたくし達は店の出口に向かって足早に歩き始めた。
「すっかり時間をくってしまったな。もうレストランに向かわないと間に合わない」
「素敵なものがたくさんありすぎて、夢中になってしまいましたものね」
「本当はもっと色々な店を回るつもりだったんだが、すまない」
「そんな。わたくしはとても満足です。素敵なプレゼントもいただきましたし……こんな可愛いお店を知ることができて、本当に嬉しいのです」
「そうか、リースに感謝だな」
「え?」
足早に歩きながら話していたら、思いがけない名前が出てきた。
「リース様?」
「ああ。恥ずかしながら城下の店には疎くてね。リースに指南して貰ったんだ。この店もリースの紹介なんだよ。趣味がいいな」
「まあ、そうだったのですね」
そうして今日行くはずだった色々なお店の特色まで話してくれる。どのお店も楽しそうで、お話を聞くだけでもわくわくせざるを得ない。
それにしてもヘリオス殿下はわたくしよりももっとお忙しいというのに、わたくしと出かけるためにそんな準備までしてくれたなんて。そのお気持ちだけで、もう充分過ぎるほどに幸せだ。
リース様にもお手数をかけてしまったことだし、素敵なお店を知ることが出来たのも嬉しい。明日リース様にもお礼を言わなくては。
「おっと」
急にヘリオス殿下に抱き留められた。
ヘリオス殿下を見上げてお話ししながら歩いていたものだから、前からくる方にぶつかりそうになっていたみたい。
「申し訳ありません、不注意で……」
お詫びを言いながら見上げ、わたくしは寸の間声を失う。
そこにはしかめっ面のマシュロ様がいた。
昨日の更新で「ヘリオス殿下頑張れ派」が意外といてくださることが判明(^^)




