【ヴィオル視点】ななな何故分かった……!?
翌日の午後、俺は王宮の謁見の間近くのそれなりに豪華な個室、宰相ボーデンの執務室のソファに腰掛けていた。
職務柄かなり多忙なはずだが、こうして時間を空けて貰えるのは素直にありがたい。
「悪いな」
「いや、一息いれようと思っていたところだ。今日はどうした」
余計な雑談などなしにいきなり本題に入ろうとするこの姿勢が俺にとっては非常に楽で、人付き合いの苦手な俺でも余計なストレスなく話せるのがこいつのいいところだ。
「次の夜会までにワルツを踊れるようになりたい。誰か指導がうまい人を紹介してくれないか」
「突然だな。だがそれならばいい人材を知っている。ブレーズ伯に面識はあるか?」
「あるかも知れないが覚えていない」
正直に言うと、ボーデンは「お前らしいな」と苦笑した。
「私にもダンスを指導してくれたお方だ、実力は折り紙付きだよ。指導はハードだが的確だ。次の夜会まで十日もないからな、それくらいの方がいいだろう」
「そうだな」
ちょっと不安だが、この際仕方がない。公衆の面前で大恥をかくのは避けたいからな。
「よし、それでは本日中に連絡を取っておこう。明日には返事が返せると思う」
「さすが宰相様は仕事が早い」
「いや、お前の夜会への出席率は酷いものだからな。これくらいで出席してくれるものならばいつでも手配するさ」
手ずから紅茶を淹れながら、ボーデンは人の良さそうな笑みを浮かべる。だがしかし、こいつが人がいいだけの甘い男ではないことは、俺と同い年という若さで宰相の任をあずかったことからも確かなことだ。
前宰相だった親父さんが急逝し、次期の宰相には候補も多くあったそうだが、結局は他を抑えてこのボーデンが跡を継いだのだ。
あの時にはちょっとした騒ぎだった。夜会もその噂で持ちきりで、誰も彼もが賑やかにあることないこと言っていたものだ。面倒だった当時を思い出してしまう。
「別に俺がいなくても何の問題もないだろうに」
「未婚女性の気合の入り方が違うんだよ。愛想はなくてもお前は無駄に美形で有力な独身男性で、かつ目立つ黒髪黒目だからな」
なおさら行きたくなくなる情報ではないか。
ボーデンみたいに淡い栗色の髪が主流の我が国では、黒髪だの真っ赤な髪だのは珍しがられるらしい。顔も含め俺にとってはどうでもいいことをあれやこれや言われる地獄の時間を思い出して憂鬱な気分になってしまった。
そんな話をする暇があったら、他国で見かけた魔道具とか、変わった魔術とか、魔石を産出する山とか、そんな話でもしてくれればいいものを。
顔を顰める俺を面白そうに眺めながら、ボーデンは向かいの席にどっかと腰をおろすと、眼鏡ごしに俺を見てニヤリと笑った。
「で? どうした急に。セレン嬢にでもダンスを申し込むつもりか?」
紅茶に伸ばそうとしていた手が、驚きのあまり固まった。
ななな何故分かった……!?
フハッ、とボーデンが笑み崩れる。
「ハハハハハ! 図星か!」
「……」
身をよじって笑うボーデンを唖然として見ていたら、ついに指の先で目尻を拭い始めた。泣くほど笑うこともないだろうに。
「何で分かった」
「私には私の伝手があるのだよ」
ニヤニヤ笑って手の内を明かそうとしないボーデンを悔し紛れに睨みつつ、脳内の情報を必死で検索する。そもそも俺とセレン嬢を関連付けて想起できるような人間などいるはずもないと思っていたのに。
……いや、一人いる。
セレン嬢が言っていたではないか。魔術学校から編入してきた伯爵家の次男に、魔術を見抜かれたと。俺の名前を出すことも許可したはずだ。そこまで思い出して顔をあげたら、目の前にニヤつくボーデンの顔があった。
確信する。
あれは、ボーデンの弟だったのか……!
そういえば、ボーデンからも聞いたことがあった。自分が急遽、宰相の職に就くことになったから、弟が特級魔術師の道を諦めヘリオス殿下の通う学園に編入するのだと。
はあ、と大きなため息をついて、俺はソファの背もたれにぐったりと身を預けた。
世間は狭い。
こいつは職業柄、なかなかにカンのいいヤツだ。隠し通すことなど出来るのだろうか。悩む俺に、ボーデンは軽い調子でこんなことを宣う。
「お前も思い切ったことを考えるじゃないか。彼女はヘリオス殿下の婚約者だぞ」
今はな。……と言ってやりたいところだが、今日のところは堪えておく。
「申し込むとまずいのか? だがヘリオス殿下はいつも沢山の女性と踊っているだろう? 婚約者がいる女性は他の男とは踊らないとか決まってるのか?」
貴族社会のルール的ものがあるのかと思って聞いてみたら、別にそんなことはないらしい。むしろ、未婚の場合は同じ人とは一度しか踊らないのがルールらしい。
「皆ヘリオス殿下に気を遣って彼女を誘わないだけだと思うが。少なくとも私はそうだ。いつもは彼女、他のお嬢さん方と穏やかに談笑して過ごしているようだから、君がダンスに誘ったりしたら、そりゃあ目立つだろうね」
「そんなものか」
それならばむしろ願ったり叶ったりだ。
ヘリオス殿下たちの反応を見るのが目的なんだしな。




