揺れる心情
「そんな事言わないでさ」
「僕は……!」
「ヘリオス殿下」
わたくしと出かけるために断ろうとしているのかと申し訳なくなって、わたくしはヘリオス殿下の腕にそっと触れ、尋ねるようにその端正なお顔を見上げた。
先程のヘリオス殿下のお話から察するに、今までもあまり休みの日を一緒に過ごすようなことも少なかったのだろう。殿方同士の付き合いというものも、きっと大切なはずだもの。
わたくしは、別の日でもいいのだから。
けれども、そう言おうとするわたくしをヘリオス殿下が目で止めたような気がして、わたくしは口をつぐむ。
「その日はセレンと出かける予定なんだ。いつも通り四人で行ってくれ」
「セレンと? 珍しいね」
「だ……ダメだダメだダメだ!」
急にマシュロ様が叫ぶから、びっくりしてマシュロ様を見上げる。バチッと目があった瞬間、マシュロ様はわたくしを睨んだ。印象的な赤い瞳がわたくしをとらえて、すぐに逸らされる。
「マ、マリエッタの誕生日に間に合わなくなるじゃないか! 」
「!」
マシュロ様のその言葉に、わたくしは息をのんだ。
「ヘリオス殿下が選んでくれたって言ったら、きっとマリエッタも喜ぶ」
「そうだよな。ヘリオス殿下、セレン嬢との予定の前後でもいいから、少しだけ時間を貰えないか?」
「だめかな」
マシュロ様が言い募れば、他の殿方も口々にそんなことを言い出して、わたくしは自分が青ざめていくのが分かった。マリエッタの誕生日は来月だもの。そのために皆は贈り物を用意しようとしているのだろう。
「マリエッタの、ために……?」
ヘリオス殿下は一緒に行きたいのではないの?
聞きたいけれど聞けるはずがない。先程ヘリオス殿下はキッパリと断ってくれていたのだもの。
「そうだよ。セレンだってマリエッタに喜んで貰いたいだろ」
「それは、喜んでは欲しいけれど」
マリエッタの天真爛漫な笑顔が脳裏に浮かぶ。
ヘリオス殿下がわたくしを優先しようとしてくれたことは素直に嬉しい。
でも、本当にそれでいいの?
マリエッタも、ヘリオス殿下も、本当は……。
悩むわたくしの肩にヘリオス殿下の手が優しく置かれ、わずかに引き寄せられた。驚いて見あげるとヘリオス殿下はわたくしを落ち着かせるように頷いてみせる。
「セレン、考える必要は無い」
「でも」
「マシュロ、何度誘われてもそういう目的なら僕は行かない。それに、いくら自分の要求が通らないからと言って、セレンの良心を刺激するような言い方は卑怯だろう」
ヘリオス殿下が厳しい顔でキッパリと言うと、マシュロ様が悔しそうにうつむいた。
「それは……悪かった、けど……」
「謝るならセレンに謝ってくれ」
「ごめん……」
気まずそうにわたくしに謝って、マシュロ様は肩を落としたままサロンへと入って行った。他の三人もマシュロ様を追って、そそくさとサロンの中に入っていく。ヘリオス殿下の前を通るときに、ちょっとビクついている様子だったのが意外だった。
続いてサロンに入るのかと思いきや、ヘリオス殿下はそのまま扉を閉めてしまった。
「まったく……セレンの前でまで、あんなことを言い出すなんて思わなかった。不快な思いをさせて悪かったね」
「いえ……」
「あいつらの言うことなど気にする必要はない」
ヘリオス殿下は微笑んで、元気づけるようにわたくしの肩をポン、と柔らかく叩く。
「休日は一緒に楽しもう」
白い歯を見せて朗らかに笑って見せてから、ヘリオス殿下は扉を開けサロンへと入っていった。
***
「なんだ、しけた顔をして。何かあったのか」
窓からスルリと入って来た黒猫ちゃんは、開口一番するどく指摘してきた。先っぽまでピーンと伸びたしっぽと耳にまで、いぶかしげな様子が現れているようで、わたくしは苦笑してしまった。
「やっぱり、分かるかしら」
こんなことじゃいけないと何度も戒めるのに、わたくしの心はあのサロン前での廊下でのやりとりを思い出しては千々に乱れてしまう。
ヘリオス殿下は「休日を一緒に楽しもう」と言ってくれたけれど、わたくしはまだ気持ちをスッキリと切り替えられないでいた。
一緒に休日を過ごせるのは嬉しい。
でも……ヘリオス殿下にもマリエッタにも申し訳ない。
そんな気持ちが交互に訪れて、少しも心が穏やかにならない。
ヴィーを膝の上にのせて足を拭きながら、わたくしはヴィーにそんな揺れる心情を吐露していた。わたくしが足を拭き終えると、それまで目を閉じてただ黙って聞いていてくれたヴィーが、パチリと大きな目を開ける。
真っ黒な瞳がわたくしをまっすぐに見上げてくる。そのままわたくしをまじまじと見つめていたヴィーは、ようやくその小さなお口を開いた。
「何と言うかまあ……お前たち、一緒に出かけたこともなかったのか」
ヴィーに呆れたように言われて、わたくしも笑ってしまった。
「ええ、そうなの。ヘリオス殿下が生まれた時から婚約者なのに……おかしいでしょう」
「いずれ確実に結婚して共に暮らすと分かっているとそうなるものなのか……貴族の考えることはやっぱり分からん」
大真面目な顔でそんなことを言われて、わたくしはまた笑ってしまう。何を言っても可愛らしいのだから、猫ちゃんはズルい。
「猫ちゃんでも貴族の考えることは……なんて言うのね」
「む……すまん」
「いいえ、でもきっとわたくしもヘリオス殿下も自分のことで精一杯で、相手のことを思いやる気持ちが欠如していたのだと思うわ」
それくらいに、必死だった。
でもそんな言葉は逃げでしかないだろう。だから、ヘリオス殿下がマリエッタに惹かれたのは、ある意味当然だったのだと思う。




