槍でも降るんじゃないか?
リース様は「寝るなよー」なんて周りの生徒にからかわれて、気恥ずかしそうに「寝ていたわけではないんだけどね」と苦笑している。
なんだか申し訳ないことをしてしまった。
さすがにもう色々と試す気にはなれなくて、わたくしはその後大人しく授業を受けた。
早く別の授業にならないかしら。これからは、一番後ろの目立たない席に座るようにしなくては。
ようやく授業の終わりを告げる鐘が鳴り、ホッと息をつく。席を移動しようと立ち上がりかけた時、後ろから声をかけられた。
「いやぁ、驚いたよ。流石だね」
振り返るとそこには、やっぱりリース様の姿がある。
「ごめんなさい、驚かせてしまって。慣れないことをしたばかりに、出力を誤ってしまったのですわ」
「謝ることじゃないよ。僕は素直に感心したね。あんなに安定していなかった魔術を、たった数日であそこまで自在に操れるようになるとは。いったい誰に習ったらあんなに急成長するんだい?」
「ヴィオル様ですわ」
「ヴィオル様って、まさかあの第三魔術師団長の?」
「はい。疲労を回復する魔術なのでしょう? わたくしが寝不足でふらついているのを見て、ヴィオル様が教えてくれたのです」
「嘘だろ……」
リース様はそう呟いたまま、しばし口をポカンと開けたまま放心している。やがて眉間に皺を寄せて、信じられない、と首を振る。
「あのお方が、ねぇ……いやはや、これは槍でも降るんじゃないか?」
「まぁ、そんなに珍しいことですの?」
「人とのコミュニケーションを好まないお方だと聞いていたからね。自分から声をかけるような甲斐性は……おっと、声をかけるようなお方ではないと」
「確かに、お声をかけたのはわたくしからでしたわね」
「なるほど」
納得、という顔でリース様が笑う。そういえばヴィオル様は『氷の魔術師団長」と噂されるお方だった。カップケーキを食べる姿が幸せそうで、かつヴィーとそっくりだと思う心が優って、そんな冷たいイメージなどもはやわたくしの中にはないけれど。
「しかしそんなにも上達するものならば、僕にも教えてくれないかな。セレン嬢、ヴィオル様に頼んでみてくれないか?」
「まぁ。わたくしもお会いしたのはほんの二、三度ですわ。次お会いするのがいつかも分からないのですけれど」
「えっ!? じゃあどうやって上達しているんだい?」
「……指南書を読んで、試行錯誤しておりますの」
わたくしは目が泳がないように頑張った。嘘ではない。書物から知識を取り入れているのは確かだもの。ただ、ヴィーという愛らしい使い魔を派遣してくださっているということを言わなかっただけ。これは内緒にした方が良いだろうと思うから。
「セレン嬢はとんでもないな……」
リース様、ごめんなさい。
本当はみっちりと個人授業を受けているからなのです……。わたくしがすごいわけではなく、可愛らしい猫ちゃんがとっても頑張って教えてくれるおかげなのですわ。真実を伏せることをお許しくださいませ。
首を捻り捻り離れていくリース様の後ろ姿に、わたくしは心の中で手を合わせた。
学園の授業が全て終わったその足で、わたくしは急いでサロンへと向かう。
ヘリオス殿下はいつもサロンにおいでになるのが一番早い。お役目に対する気概の表われだと感じて、わたくしも負けじと早く行くのだけれど、それでもヘリオス殿下よりも早くサロンに着くのは稀なことだった。
だからこそ、早くサロンにつけば、ヘリオス殿下と二人で話しできる可能性は高い。
案の定、サロンへと続く廊下で金色の短髪が輝くヘリオス殿下の後ろ姿を見つけることができた。わたくしは急ぎ足でその背中を追いかけてお声をかける。
「セレンか、今日も早いな」
ヘリオス殿下はいつもの明るい笑顔で振り返ってくれた。直視できなくてわずかに目を逸らす。嬉しいような、胸が痛むような気持ちを抱えたまま、わたくしはお伝えするべき事を口にした。
「えっ、明後日?」
歌劇団の公演を見るために一緒にお出かけする日を明後日にしてはどうか、とヘリオス殿下のご予定を尋ねるわたくしに、ヘリオス殿下は少し驚いたような表情を見せる。
明後日は他のご予定があったのかしら。
「御用があるのならばもちろん別の日でも構いませんわ。ですが、できればわたくしがサロンをお休みする日が良いかと思うのですけれど」
「いや……休日が良いかと思っていたのだが」
「まぁ、そんな。ヘリオス殿下の貴重な休日を、わたくしが独占していいはずがございません」
大真面目で言ったというのに、ヘリオス殿下はなぜか朗らかに笑っている。
「大げさだな。それに、別に独占したっていいだろう、セレンは僕の婚約者なのだから」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだよ。むしろこれまで、休日を一緒に過ごす時間を持たなかったことを、僕は反省していたんだ。悪かったね、気が利かなくて」
「そんな! そんなこと気にする必要など無いのですわ! わたくし、不満になど思っておりませんでした」
「それもそれで寂しいけどね」
ヘリオス殿下が本当に寂しそうな顔で笑う。
けれども不満に思っていなかったのは事実だ。寂しく思う暇も不満を溜める暇もわたくしにはなかった。
「だって……一生懸命でしたもの」
「?」
怪訝な顔をするヘリオス殿下に、わたくしも苦笑を返す。




