【ヴィオル視点】絶対に特級魔術師になるべきだ
「ねえ、ヴィー。さっきわたくしの魔術を褒めてくれたでしょう?」
「……うむ」
いかん、気持ちよすぎてちょっと睡魔が訪れかけていた。
俺の背をゆったりした手つきで撫でながら、セレン嬢は小さな声で俺に語りかけている。
「わたくしね、ここ二日間は主に学園での授業中に魔術の精度を高める実験をしていたの」
「おい、授業は真面目に聞けよ?」
「心配しないで、予習で理解しているから問題ないのよ。不安があるところだけ集中すればいいのですもの」
「なるほど」
そうだった、セレン嬢は心構えが違うんだった。学園の授業までこの姿勢とは恐れ入る。
「この前にヴィーが来てくれたときに『疲労回復の魔術の安定と継続、出力の調整に没頭しろ』と言ってくれたでしょう? その精度が、今後の魔術の習得にも、試験の合否にも深く関わると」
「言ったな。事実だ」
「防護壁にも応用できると言ったわ」
「そうだな」
本当にちゃんと聞いているな、とむしろ感心する。魔術学校の生徒達も同じくらい吸い込みがいいと、もっと特級魔術師への合格率が上がるんじゃないだろうか。
「ふふ、ヴィー、くすぐったいわ」
む、考え事をしていたせいか気がつかないうちにしっぽがパタリ、パタリとセレン嬢の太ももに当たっていた。貧乏揺すりのようなものなのだろうか……。けしからんしっぽを前足の下に押し込め、俺はセレン嬢の話を促す。
「すまん。それでその、俺が言ったことがどうかしたのか?」
「……防護壁にするならば、こんな調子では死んでしまうと思ったの。わたくし、一日に何度も何度も魔術が途切れて、そのたびに改めて魔術を展開し直しているのですもの」
「まぁなぁ、まだ始めたばかりだ。そこはこれからの課題だろう」
「そんな悠長なことは言っていられないわ。驚いたり何か他のことをしたり……たとえば走っただけでも途切れてしまうんですもの。戦闘中なら致命的だわ」
やはり優秀だ。自身の分析もよくできている。俺は満足して目を閉じ、顎をセレン嬢の太ももに落とした。これだけ分っているならば話が早い。
「それで、原因を考えてみたのだけれど、これは多分わたくしが魔術の構築に慣れていなくて、少量の魔力を持続することにまで全力を投じているからだと思うの。それがもっと少ない……例えば一、二割の力で行えるようになれば、防護壁を持続したまま他の行動ができるわけでしょう?」
顎が外れるかと思った。
攻撃魔術のように瞬間的に魔力を練って吐き出すタイプの魔術と違って、持続性の魔術は大概他のことを同時並行で行いながら発揮するものだ。セレン嬢の言う通り他の魔術や行動と同時並行で行えるようになることが最終的には課題となる。
だが、それはもっともっと後の課題だ。本来は数ヶ月をかけて習得していくべきものだ。
これらの持続性魔術には習得の段階がある。
まずは魔術の習得と出力の調整および持続しての展開。これが第一段階だ。だいたいの魔術師はここで一回つまづく。魔術の習得や出力の調整は他の初期魔術でも似たような手順を踏むからなんとかなるが、持続して行う魔術は少ない。
そもそも集中力を保ち続けるというのが尋常じゃなく難しいのだ。魔術とは精神力も体力も周囲が想像するより使うものだからだ。
セレン嬢の場合は初めて魔術を習得するというのに、この第一段階……特に持続の部分が驚くほど順調に行えた。
だからこそ、俺も彼女に無理を言ったのだ。
通常この第一段階がよどみなく出来るようになって初めて進む、第二段階。出力の調整と展開の持続の同時並行。
これが安定するまでに、通常一、二ヶ月はかかるものだ。今回は時間が無いから、二週後には次の段階に進ませようと思っていた。
それなのに、セレン嬢と来たら説明すらしていないのに、自力で次の段階に入ろうとしている。
第三段階、すなわち他の動作、魔術と併用する段階だ。
「見て! わたくし、集中力を要する刺繍を刺しながらでも、出力が揺らがなくなりましたの!」
「マジか」
売っても良さそうな美しい刺繍が施されたハンカチを嬉しそうに見せてくるセレン嬢。
「指南書を読みながらこのノートを纏めたときも、今朝は魔術が安定していたの」
「マジか」
気絶しそうだ。セレン嬢、特級魔術師に適性がありすぎだろう。どんな手を使ってでも欲しい人材なんだが。ボーデン、すまん。セレン嬢は俺が貰う。
王宮には人材が多くいるしな。王や王妃は呑気で穏やかな方だが調整力に優れていると聞くし、ヘリオス殿下たちの年代の実力は知らないが、足りないところがあるならば皆で補ってやって欲しい。
「セレン嬢」
「なあに?」
「君は特級魔術師になるべくして生まれた人材だ。絶対に特級魔術師になるべきだ!」
「ヴィー、本当に!? 嬉しい……!」
嬉しさ余ってか、セレン嬢の両手が俺の頬をわしゃわしゃと撫でる。そのまま顎から喉にかけてをこしょこしょとくすぐるようになで始めた。
「ヴィー、どう? 気持ちいい? 猫好きの友人に聞いたの。猫ちゃんはここをなでられるととっても気持ちがいいんですってね!」
なんという恐ろしい情報を仕入れてくるのだ!
くぅ……! 信じられん……めちゃくちゃ、気持ちいい……!
セレン嬢の絶妙な撫でっぷりに陥落寸前だったが、自ら喉をセレン嬢の手にスリスリしてしまう一歩手前でようやくセレン嬢の手が俺の喉から離れた。
あ、危なかった……!
ひとしきり撫でて、ぎゅうっと抱きしめて頬ずりして満足したのか、セレン嬢は俺を丁寧にテーブルの上へ降ろすと、優しく微笑む。
「ありがとう、ヴィー。おかげで元気が出たわ。早速、戦闘用の魔術を教えてくれるかしら」




