【ヴィオル視点】怖いような、けれどワクワクするような
「はい、ですがそう思っていたもので……ヘリオス殿下の想い人が他の令嬢ならともかく、わたくしから妹へ妃を変更したい、というのはどう考えてもヘリオス殿下からもお父様からも言い出しにくい案件でしたし」
確かに外聞が悪いだろうなぁ。口さがない者たちが嬉々として噂するだろう事が容易に想像できる。
「たとえご相談してわたくしとの婚約が破棄されマリエッタが後継となったとしても、うまくいくとは思えませんでした」
「なぜだ?」
「わたくしが笑われるだけならまだしも、ヘリオス殿下やマリエッタにも厳しい目が向けられたらと思うと……ヘリオス殿下が本格的に国政に入る前から醜聞が先行すれば、その後の治世に影響が出ます」
「ふむ……」
「それに、こうして話し合いになった場合……ヘリオス殿下はおそらく国や周囲の思いを優先して、ご自身の気持ちは胸にしまっておくでしょう。そんな悲しい婚姻関係は互いのためにならないと思いました」
さっきまで相槌を打っていた陛下も、言葉を発しなかった。俺はセレン嬢の考えは大まか聞いていたから別に違和感もないが、皆はどういう気持ちでこれを聞いているんだろう。
こっそりボーデンの顔を盗み見たら、さっきよりもさらに眉間に皺が寄っていた。今なら小ぶりなペンくらいなら挟めるかも知れない。
「わたくしが特級魔術師になりさえすれば自動的に婚約は解消されるのですから、来年のヘリオス殿下の生誕祭で婚姻を発表する事もなくなります。ヘリオス殿下はわたくしの存在を気にする事なくゆっくりと本当に添いたい方と関係を築けますし、相手の令嬢が非難される事もないでしょう」
そうしてセレン嬢は、困ったような顔で親父殿を見つめた。
「その……特級魔術師になればわたくしは公爵家の娘ではなくなるので、マリエッタを妃にと推薦しやすくなるでしょうし、わたくしの新たな嫁ぎ先を探してお父様が苦心する事もなくて……あの時は本当に、誰にも迷惑がかからない、全てがまるく収まる素晴らしい案に思えたのです」
目を泳がせながらそう言って、セレン嬢は居た堪れない顔で「あの、ごめんなさい、お父様」と小さく付け足した。多分親父殿の顔が怖かったからだ。俺でも謝る。
「あの、この前お話しして、お父様がそんな事を望んでいないのは分かったのだけれど、その時は本当に妙案だと思っていたから……ごめんなさい」
「セレンにそこまで気を遣わせていたとは親として情け無い限りだが、今後はもっと頼ってくれ。セレンが特級魔術師になったとしても、親子である事に変わりはない。公爵家としての話は無論せぬがな」
「お父様……ありがとうございます」
ふわりと笑うセレン嬢を前に、陛下はううむ、と唸っている。
「つまりセレンの考えで言えば、ヘリオスとセレンの妹であるマリエッタが障害なく縁付けるように、というのが根幹にあったわけだな」
「はい」
「だが、ヘリオスがマリエッタに恋慕している事実は無かったわけだ」
「……はい」
「セレンがヘリオスや家族、そして国を思って此度の行動に至ったのは理解したが、手法が誤っていたのは分かるな? 誰にも相談せず誤った現状把握のまま突っ走ってしまうと、こうして事態が進んでしまった後に蓋を開けてみたら真実は違っていた、という事になりかねない」
「それは……反省しています」
シュンとしているセレン嬢を見ていると、こっちまで胸が痛くなる。陛下の指摘は正しいんだろうが、あの時のセレン嬢にしてみれば相談したらアウトだと思う気持ちもよく分かる。
一方でセレン嬢が突っ走った時の破壊力を知っているだけに、陛下がセレン嬢に釘を刺しておきたい気持ちもこれまたよく分かってしまうのだ。本当に難しい。
「ヴィオル師団長」
「!」
いきなり陛下に話しかけられて、内心ドッキリした。まさか俺に話が振られるタイミングとは思わなかった。
「……なんでしょう」
「セレンはこの通り一途ゆえに融通が利かぬところがある。しかし莫大な魔力を扱う特級魔術師の任務では報告や相談を怠れば甚大な被害をもたらす事もあるだろう。そこはしっかりと、厳しく指導してやって欲しい」
「分かりました」
なるほど、陛下も今後のためにあえてここで言ってくれたわけか。
確かに特級魔術師ほどの力がある人物は、慎重さも重要かも知れない。いざとなった時のセレン嬢が暴走しがちで手強い事も俺はよくよく知っている。
ただ、その思い切りの良さや突破力が革新を産む力の源でもあるのだ。
彼女のこの稀有な特性をどれだけ良い方向に導けるかが、俺の今後の大きな課題になるのだろう。
怖いような、けれどとてもワクワクするような……複雑な心境だった。
「しかしこの件は、発表の仕方にひと工夫必要ですね。お二人の婚約解消とセレン嬢の特級魔術師を目指すという事実だけ突然発表されれば、貴族間や城下はもちろん他国でまであらぬ憶測や噂が飛び交いそうで頭が痛いですよ」
ここにきて、ボーデンが今後につながる現実的な話を持ち出した。
苦々しい顔は、それを心配してのことだったんだろうか。流石に宰相職に就いているだけあって、陛下の方針が明確になった途端、それを実行するための施策に思考が向くんだろう。
「それについては、僕に考えがあります」
ずっと青い顔で言葉少なだったヘリオス殿下が、はっきりと言葉を発した。




