【ヘリオス視点】淑やかな令嬢の筈だった
つい責めるような口調になってしまったことに気が付いて、僕は気まずい思いで口を閉じた。そんな僕に穏やかな顔を向けて、セレンは落ち着いた声で答える。
「意味がないと思っていたのです。ヘリオス殿下は、将来妻になるとわかっているわたくしに、関係を悪くするような事を仰る方ではないでしょう?」
「それは……」
自分の口元が歪むのが感じられた。それはきっと、セレンの言う通りだったからだ。
例えセレンとの婚約に不満を持っていたとして、僕はそれを本人や周囲に告げるようなことはないだろう。よほど素行に問題があれば国のためにハッキリと伝えるだろうが、そうでない限り僕は……。
なんとも言いようがなくて、口を噤むしかない。
確かに不満があってもなくても、同じ答えを返したのかも知れない。そう考えればセレンの行動も分かる。それでも……訊いて欲しかった。
「それにわたくし」
セレンが、花が綻ぶような笑顔を見せる。僕の悶々とする内心とは真逆の、晴れやかな笑みだった。
「今は本当に心から特級魔術師になりたいのです。正直、天職ではないかと感じているのですわ」
「は? 妃ではなく、特級魔術師が、天職……? 馬鹿な」
セレンの唇から溢れた信じられない言葉。
あれほど妃になるための教育に真摯に取り組んできたじゃないか。教育にあたったどの講師も、セレンほど全身全霊で取り組み、完璧にマスターした者などいない、とそう口を揃えていたじゃないか。
なのに、特級魔術師の方が天職? そんなわけがあるはずが無い。
コトリ。
納得のいかない顔をしていたであろう僕の前に、セレンは透明なガラス玉のトップがついたペンダントを置いた。
「これを。エントリーには使わなかった、わたくしの戦闘記録です」
「戦闘記録?」
これはもしかして記録玉なのか。
彼女の口ぶりから、これが特級魔術師としての適性を証明できるものなのであろう事は推測できるが……。
「再生しますわね」
彼女が記録玉に魔力を送った瞬間、僕の目の前に沢山の樹々が立ち並ぶ、深い森が映し出された。
そこに虹色の派手な羽根色を持つ巨大な鳥が、上空から恐ろしい勢いで滑空してくる。その鳥に向けて、下から無数の風の刃が放たれた。黒いローブが翻り、明るい若草色がはっと目を引く。
鮮やかな若草色の冒険服を身に纏ったその女性は……間違いなくセレンだった。
「ガルッサラスという、鳥型の中級魔獣とわたくしが戦った、戦闘記録ですわ。特級魔術師のエントリーに用いたものよりは少々落ちますけれど、これも結構わたくしにしては良い戦いが出来たと思うものです」
「た、戦い……」
僕は、夢でも見ているのか。
記録の中のセレンと思しき女性は、巨大な鳥を追って空へと舞い上がって行った。
「嘘だ……本当にセレン……? 飛んでる……?」
炎を吐き、恐ろしい勢いで急降下してきては鋭い嘴や鉤爪で襲いかかってくる巨大な鳥を、空中でひらりひらりと躱し、鳥よりも軽やかに自由に空を駆け巡る。
そして隙を突いては無数の風の刃を打ち出して、容赦なく攻めてもいる。刃に切られたのだろう、空からは色とりどりの羽が舞い落ちて来て、殺伐とした戦いのはずだというのに、どこか美しくもあった。
ついには作り上げた風の渦で鳥を上空へと巻き上げた直後に地へと叩き落し、爆発レベルの衝撃波でとどめを刺す。中級と言われるのも納得の巨大で恐ろしい魔獣を、いとも簡単に仕留めてしまった。
魔獣の最期を見届けてから、空から滑るように降りてきたその冒険者が真っ直ぐにこちらに向かってくる。大きく映し出されたその顔は、やっぱり紛れもなくセレンだ。
「本当に……これが、セレン……」
剣と乗馬を嗜む僕ですら低級の魔獣程度しか狩ったことがないというのに。虫も殺せぬ淑やかな令嬢だった筈の僕の婚約者は、記録玉の中で自分の何倍も体積がありそうな敵を、一方的に蹂躙していた。
「この二ヶ月、必死に魔術を学んだだけの成果はあったと思いますわ!」
嬉しそうに……本当に嬉しそうに、セレンが笑う。
二ヶ月学んだ成果って。
そんなレベルじゃない。
階段から落ちかけたマリエッタを救うのなんか、彼女にとっては造作もないことだったのだろう。
「わたくし今、魔術を学んだり新しい魔術を考えたりすることが楽しくて堪らないのです。確かに最初はヘリオス殿下の秘めた願いを実現するために目指した特級魔術師でしたけれど……今となってはわたくし、これほどまでに夢中になれる職業は他にないと思っています」
衝撃的なものを見せられて言葉すら出ない僕に、セレンは満面の笑みで魔術への熱い思いを語る。新しい魔術を考えるってなんだ。始めて二ヶ月って、普通覚えるのに必死な時期なんじゃないのか。
「これはわたくしのわがままですが……もしも今回試験に落ちたとしても、さらに鍛錬して来年同じ試験に臨みたい。本日はこれから、父と共に両陛下にそのお許しを得るためにお時間をいただくことになっているのです」
真っ直ぐに僕の目を見て、セレンが告げる。
ああ。
僕は悟った。
セレンはもう決めてしまっているのだ。
試験に受かっても受からなくても、もはや妃になる気はない。そう宣言されているに等しいことを理解して、しばし瞑目する。ゆっくりと目を開けた僕は、セレンにしっかりと目を合わせる。
「……そういう話であれば、きっとその場に僕も呼ばれるだろう。少し、整理させてくれないか?」
もう一回だけ、ヘリオスのターンです。
あ、もうちょっとで書籍の2巻が発売されるのですが、今回の書き下ろしは読者様のご希望が多かったヴィオルとボーデンの学生時代のお話を盛り込んでみました!
めっちゃ書くのが楽しかったです!!!
楽しんで貰えると嬉しいですー♡




