【ヴィオル視点】真の思惑
「わずか二カ月であれだけの魔術を身に着け、使いこなし、新たな魔術、戦術を生み出すセンス。かつ公爵令嬢でありながら魔獣へ単身立ち向かう度胸。複数の魔術を維持し続ける集中力。これだけの逸材は他に居ません。ぜひ特級魔術師として力を発揮して貰いたい」
「はは、君がそんなに熱烈に人を褒めるのを初めて聞いたな」
「それだけ稀有な才能なのです。セレン嬢は絶対に特級魔術師になるべきだ。彼女はきっとこの国を飛躍的に発展させる大魔術師になる」
「そうか……そうか」
噛み締めるように、親父殿が頷く。そして、ふと柔らかく微笑んだ。
「良かった」
ああ、これが素のこの人の顔なのかも知れない。なんとなくそう思った。
「セレンはな、子供の時からわがままひとつ言わない子だったんだ。自分がすべきだと思ったこと、求められることをとにかく一生懸命にやる子でね。それが初めて、譲れないものが出来た、妃ではなく特級魔術師になりたいと……そう言うんだよ」
照れ臭そうに笑いながら、親父殿は鼻の頭を掻いた。
「自分でも親バカだと思うがね、あの子の願いを叶えてやりたいんだ」
「……セレン嬢は幸せだな」
つい呟いてしまって、俺は慌てて言葉を繋ぐ。
「心配には及ばないでしょう。彼女の実力なら確実に特級魔術師の本試験も合格出来る。あれだけ長時間に渡って繊細な魔力調節が出来るなら、落ちる筈がない」
「試験については実力の世界だ、もとより手を出すつもりはないよ。私が道筋をつけるべきはもっと別のところにある」
ああ、やっぱりセレン嬢の父親だ、と安心した。不正を依頼に来たわけではないらしい。その潔さが好ましかった。
「君も知っての通り、セレンは次代の妃になる事が決まっていた。しかも親である私が言うのもなんだが、あまりにも優秀な妃候補だったんでね、あの子が突然その任を降りて特級魔術師になるという事を、快く思わない者が出る可能性は充分にあるだろう」
「だとしても、止める手立てはないのでは? 特級魔術師という稀有な才能を守るため、たとえ王族だとしても口出しはできない筈だ」
「表面上はな。あいつら搦め手でくるから厄介なんだよ。ヴィオル殿にとっても頭が痛い事態になるかもしれんぞ」
「俺ですか?」
「そうそう。王妃教育が完璧と言われるレベルで終わっちまってるからなぁ、特級魔術師になったとしても半分は王城で実務しちゃあどうだとか、婚約は破棄しなくてもいいのでは、とか脇からうだうだ言いだすヤツが出てきそうな気がしてならん」
「それは……あり得る、のか……? いや、あり得そうだな」
「だろ? 特級魔術師になるのは止められない。でも、両方やればいいじゃないか的なことを言われてみろ。真面目で人がいいセレンのことだ。どっちにも迷惑かけられないって死ぬ気で頑張るぞ」
「それは、絶対にダメだ……!!」
弱音も吐かずに倒れてでもやってしまいそうなセレン嬢が目に浮かぶ。それだけは絶対に阻止せねばなるまい。
「ヴィオル殿としても期待の戦力がよくわからん名目で他所に力を割かれるのは望むところじゃないだろう? ここはひとつ、未来の部下のために、一肌脱いでくれないか?」
「……何をすればいいんです?」
ニヤリと親父殿の口角が上がる。完全にいいようにのせられた形だが仕方ない。俺にできることなら、精一杯頑張る覚悟が今できた。
「君、あの若宰相と親友だろう?」
「ボーデンですか。まぁ、親しい友人ですが」
「若宰相を水面下で抱き込んで欲しい」
「マジですか……」
「大マジだ」
ここにきて、俺はようやく親父殿がわざわざ『俺』に会いに来た真の思惑を理解した。
セレン嬢の合否の打診や実力の把握、俺を味方につけるという意図はもちろんあっただろう。だがその先に、王家や周囲の貴族たちへの牽制の手駒として、宰相であるボーデンを抱きこむのが目的だったのだ。
とんだ狸だ。
「あの男が実務は取り廻してるんだ、キーマンが泰然と周囲の動揺を収める発言をすれば、場の空気が一気に落ち着く。逆に先に手を打っておかなければ、あの男が一番厄介だと思っているわけだ。頭が切れる分、法の抜け道をつくのもうまいし、使える手段が多い」
真剣な顔でそう言われると、それはそうかもと思えてくる。ボーデンはセレン嬢の能力を高く評価していたし、すぐにでも実務に加わって欲しいと言っていた。確かに敵に回すと厄介なのかもしれない。
「あの若宰相は幸い、自身の利害よりも全体最適を考えて動ける人物だろう。セレンが特級魔術師の仕事に集中する方が国にとってより良い結果を生むと納得させられれば、自ずとこちらの味方に付いてくれるのではないかと考えたわけだよ」
「ああ、それは多分そうだ……」
「それには、魔術の専門家である君の意見が不可欠だろ? しかも君はあの若宰相の親友でもある。君以外にこの難局を託せる人物はいないんだよ、ヴィオル殿」
「……ボーデンには、セレン嬢が特級魔術師になることを現時点で打ち明けてもいいと?」
「無論だ。根回しは早い方がいい。なんならエントリーした記録玉を見せてやりゃあいいんじゃないか? あれは度肝を抜かれるからなぁ、しのごの言う気もなくなるだろう」
じゃあ。頼んだぞ! と快活に笑って、親父殿は意気揚々と帰っていった。
ひとりになった安心感で、俺は大きくため息をつく。ああ、緊張した。本当に心臓に悪い。
しかもボーデンを抱き込め、か……。親父殿も無茶を言う。
もうひとつ小さくため息をついて、俺はボーデンにどう切り出そうかと思案した。




