ヘリオス殿下の夢
「そうだな、お茶は私たちが淹れるよ」
「ありがとう……」
リンデ様とラーディア様が率先して席から立ち、マリエッタも無言のまま手伝いに加わる。気になるけれど皆の前で聞いていいものか判じかね、わたくしはひとまず様子を見ることにした。
お茶を淹れる姿もやっぱり元気がないみたい……。
家に帰る途中にでも、少しマリエッタから話を聞いた方が良いわね。
マリエッタがこのところ元気がない理由は概ね想像がついている。リンデ様やラーディア様より自身が劣っているように感じてしまっているのだと思うわ。
同じ説明を受けても自分だけ理解出来なくて時間をかけてしまったり、結果任せられる仕事の量や質に差が出てしまったり……そんなことが続くと自信がなくなるのは当然だ。
わたくしにも嫌というほど経験がある。
けれどマリエッタの場合はわたくしとは違って、元々文官を目指していたリンデ様やラーディア様に比べて専門知識も少ないのは当たり前だし、わたくし達よりも学年が二つ下で基礎知識も少ないのだから、同時期に入っても差がでるのは仕方がないことだ。
マリエッタには以前もそんな話をしたけれど、頭では理解できても感情がついていかないのかも知れない。
それでもマリエッタはいつも笑顔を心がけていて、わたくしは姉として誇らしくも心強くもあった。なのに、今日は明らかに顔が暗い。なにかマリエッタの心を乱すような出来事があったのかもしれなかった。
ただ、特にサロンの皆の様子に大きな変化はない。ごく自然で穏やかだ。
「リンデ嬢達三人がサロンに加入して、もうそろそろ半月か」
会議を行うための円卓について紅茶をひとくち飲んだ後、ヘリオス殿下が感慨深そうに呟いた。
「あっと言うまでしたわぁ」
「まだまだ覚えることばかりですが、毎日充実しています」
闊達にそう返答するリンデ様とラーディア様の横で、マリエッタはわずかに目を伏せた。心配で仕方ないけれど、声をかけて注目を集めるのも得策ではない。皆もマリエッタの様子に気が付いているようではないからなおさらに。
「まだ半月くらいしかたってないんだっけ。それにしては覚えが早いよねぇ」
「ああ。すでに随分と力になって貰っている印象だな」
至らない点があればはっきりと仰るキッツェ様やアンドル様も納得の働きぶりなのだと証明されて、わたくしも嬉しい。ヘリオス殿下も安心したように破顔した。
「王城でも評判が良いようだ。先日ボーデン宰相にも期待していると言われたよ。彼女たちがまとめた資料を確認したそうだ。有望だと嬉しそうだった」
「ほぅ、あの仕事には厳しい人が」
アンドル様も目を見張る。リンデ様とラーディア様は嬉しそうに笑いあっていた。ただ、それでもマリエッタは浮かない顔で、本当に気が滅入っているみたい。心配だわ……。
「こうして女性の力がより証明されたり、平民が今よりももっと活躍できるようになれば、この国もさらに多くの才能を活用できるようになり、発展していくんじゃないかと思うんだ」
「殿下の夢だよね」
リース様が面白そうに笑えば、キッツェ様やアンドル様も笑みを浮かべる。
「同感だな。実力勝負ならばのぞむところだ」
「それにしても殿下は王族なのに、変わってるよねぇ。平民の力があまりに高まると自身の立場が危うくなるかもしれないのにさぁ」
「能力が高いものが活躍できれば国は栄える。その結果倒されるような王室なら必要ないだろう」
ヘリオス殿下の目は決意に満ちている。
サロンの伝統もその手で変えていこうと既に着手しているのですもの、きっとヘリオス殿下は口だけではなく、いずれ現実に変えていくおつもりなのだわ。
「ヘリオス殿下の代になったらこの国も実力主義が加速されるねぇ。ま、僕は実力もあるから問題ないかぁ」
「お前たちもうかうかしていられないぞ」
キッツェ様が冗談めかして言えば、アンドル様がすかさずマシュロ様たちにくぎを刺す。さっきまでこそこそと話していた三人はぴしっと背中が伸びた。
逆にマシュロ様は挑むような眼でアンドル様に返答する。
「女にも平民にも負ける気はないんで」
「ほぅ」
「確かにマシュロ、このところ急に頑張るようになったもんねぇ」
そう、明らかにマシュロ様の動きは変わった。
マリエッタがサロンのメンバーに加わると決まった時に、マリエッタが悪く言われることがないよう態度を改めると宣言してくれた通り。四人の中でマシュロ様が一番動きが変わった気がするわ。
「古臭くて無駄な伝統なんか、どんどん壊せばいいんだ」
「おい、マシュロ」
なぜか唸るように言ったマシュロ様に、リース様がたしなめるように声をかける。けれど、マシュロ様はとまらなかった。
「ガキの頃からの婚約とか妃教育なんて無駄だろう? それこそ大人になってから、ちゃんと人選すべきなんじゃねぇの」
「マシュロ、いい加減にしろよ。今は人材の話をしているんだ」
リース様がきつく言えば、マシュロ様も負けじと睨み返す。
「人材の話だろ。妃だって立派に人材だ。ガキの頃に適性なんか分かる筈ないじゃないか。殿下だってそう思うだろ」




