わたくし、貴方を信じるわ
「俺が必ず道を開く。俺を信じて、やり抜いてくれ」
黒猫ちゃんがあまりにも真剣な顔で、そんな素敵なことを言ってくれるものだから、わたくしはつい目を丸くしてしまった。
凜々しいのに、可愛い。まるで小さな紳士に誓われているようで、くすぐったいような微笑ましいような、ほんわかと暖かい気持ちに包まれる。
そうね。わたくし、ヴィーとならどんなに苦しい鍛錬でも、乗り越えていけそうだわ。
「ありがとう、ヴィー! わたくし、貴方を信じるわ!」
その想いを言葉にすれば、黒猫ちゃんはしたり顔でうむ、と頷く。その自信に満ちた顔が愛しくて気がついたらモフモフモフモフと撫でまくってしまっていた。お詫びのつもりでチーズケーキを献上したら、いつもの幸せそうな顔で食べてくれる。
ふふ、蕩けるような舌触りのチーズケーキに、ヴィーの顔も蕩けちゃいそう。
今にも「ニャア♪」って鳴いてくれそうなのに、ただただ無言ではぐはぐと食べ続けるヴィー。
それももちろん可愛いけれど、いつか普通の猫ちゃんみたいに「ニャン♪」なんて甘えてくれる日がこないかしら。ああでも、ヴィーの声はヴィオル様にそっくりだから、猫ちゃんみたいに鳴いてもやっぱりこんな落ち着いた声なのかしら。
あら?
ヴィーったらベトベトになったお口周りをうまく舐められなくて、四苦八苦しているみたい。でも手で拭くのも嫌なのね。
くすくすと笑いながら濡らしたハンカチで拭いてあげると、最初は抵抗していたけれど、諦めたのか大人しく拭かせてくれた。
ああ、癒やされる。今日も気持ちよく眠れそう。
顔を拭かれたのが嫌だったのか、テーブルの上でまあるくなって、耳をしょぼんと伏せているヴィーを見ていたら、大切なことを思い出した。
「そうだわ、ねえヴィー、わたくし相談したいことがあるのだけれど」
「む……なんだ」
「このご指導への報酬は、どうしたら良いかしら」
「別にいらないんじゃないか? 昨日うまいクッキーを貰ったしな。喜んでいたぞ」
「そんなわけには参りません。わたくし、貴方みたいに優秀な先生を紹介してくださったことを、本当に感謝しているの」
「そ、そうか。満足しているのならなによりだ」
ヴィーが照れた様子でフイと顔をそらす。でも、しっぽが嬉しそうにパタパタと動いてテーブルをはたいているのだけれど。あまりにも可愛くて、ついまた頭をナデナデしてしまった。
「わたくし、紹介していただいた先生とは、初めに報酬のお話をしておこうと思っていたのよ。ただ、ヴィーがあまりに可愛らしくてつい忘れていたというか」
「ならば試験に受かった時にでも話せば良いだろう」
「結果とは別ですもの。こうしてご指導を受ける時点で、充分にお手間を取らせているでしょう? わたくしが用意できるものは少ないかもしれないのですけれど……でも」
「わかったわかった、主に伝えておこう」
ヴィーが約束してくれて、わたくしはホッと息をつく。
ヴィオル様といえば、第三魔術師団長というお役目柄、とてつもなく忙しいというのはわたくしでも伝え聞いている。そんな方がわざわざわたくしのために使い魔を生成して、こうして遣わしてくれただなんて、本当はお礼のしようもないほどに有り難いことだもの。
わたくし個人の持ち物や所持しているお金など、ヴィオル様から見たら微々たるものではあるだろうけれど、それでも何かお礼がしたい。
「さあ、今日は伝えるべき事は伝えた。俺はもう帰って寝る」
「確かに、もうわたくしも『昏倒』しないといけない時間だわ」
「俺が窓の外に出たら、ちゃんと鍵を閉めてからベッドに入れ。そしてその状態で魔力を全部放出するレベルで自身に疲労回復魔術を展開するんだ。昏倒するまで魔術を展開するのは初めてだろうから、今日は見守ってから帰る」
「わかったわ」
本当に、至れり尽くせりなのね。まるで侍女のリンスのように細かいところまで気が利くだなんて。こんなに面倒見のいい猫ちゃんを派遣してくれたヴィオル様には感謝しかない。
身軽に窓枠に飛び乗ったヴィーを送り出そうと窓辺に寄ると、ヴィーがわたくしを見上げて何やらもの言いたげに小首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いや、明日と明後日は来ないと言ったが」
「ええ」
「王宮で、今日と同じくらいの時間にあのベンチで会えるか?」
「ええ、特に問題ないけれど」
「分かった。待っている。では窓を閉めて、もう寝なさい」
真剣な顔で見守る黒猫ちゃんを窓の外に残し、わたくしは言いつけ通りベッドに入る。魔術の出力をどんどん高めていったら、急に体がスッと冷たくなった。
……これが、魔力を使いすぎるということなの?
不安になるけれど、ヴィーが見ていてくれるのだから、きっと心配は無いはず。
まるで貧血のように頭がくらくらして、一気に体が冷え切ってくる。怖い、と感じながらも魔力を放出し続けるわたくしに、いきなり深い闇が訪れた。
***
翌日、かつてないほど爽快な気分で目を覚ましたわたくしは学園での授業をつつがなく終え、さらに王宮での交渉の結果、妃教育の時間を自習時間として自由に使う権利をもぎ取った。
全力での疲労回復魔術のおかげかしら。体も軽いし頭も回る。今日ならなんだって頭にスルスルと入っていきそう。
意気揚々と王宮の資料室に向かい、新たな魔術の指南書を見繕っている時だった。
「セレン?」
思いがけない声に呼びかけられ、わたくしの体は一瞬硬直した。




