【ヴィオル視点】参考になるといいのだが
「いつもどおり半分こにしましょう」
「すまん……」
セレン嬢の優しさに迷うことなく甘えてしまう。自分でも意地汚いとは思うが、魔術と甘いものだけは譲れないのだ。
「良かった、今日はナイフもついているわ」
俺用の小さなフルーツケーキをさくっと切り分け、俺が食べやすいように口元へ差し出してくれる。案の定甘味が抑えられたさっぱりとしたフルーツケーキだった。
柔らかくてしっとりとしたスポンジは二層になっていて、間にクリームとスライスされたフルーツが混ぜ込んである。そしてトッピングにはごろごろと丸ごとのフルーツが飾られているわけだ。食感が様々で楽しいし、口の中で果実を噛むと果汁が溢れ出てくるのも実にフレッシュさが際立って良い。
まるごとのフルーツも俺の口に合わせてあるのか、セレン嬢のケーキよりも小ぶりなのが小粋だ。セレン嬢の所に雇われている料理長は、きっと気の利く御仁なのだろう。
「とてもあっさりとしていて美味しいわね。フルーツの爽やかな酸味があって、わたくしこのケーキ、とても好きだわ」
「そうだな、美味い」
単に甘味を抑えるだけでなく、その中でもフルーツの配合を変えることでバランスよく仕上げてあるんだろう。はくはくと何回か噛みつけば、元々小ぶりな俺のケーキなどあっという間になくなってしまう。
上品にケーキを口に運び、幸せそうにフルーツケーキの味を堪能しているセレン嬢を見上げていた俺の胸に、ふと寂しいという感情が湧き上がってきた。
試験のエントリーの期限まで無の日があと2回ある。だが、たったそれだけしかないとも言える。
エントリーが成功すれば試験の日まではこうして一緒にいられるのだろう。だが、もしもエントリーに失敗すれば即座にこんな幸せな日々は終わりを迎える。セレン嬢とこうして会う口実がなくなってしまうのだと思うと、それだけでとてつも無く寂しい。
セレン嬢と魔術の特訓をして、美味しい菓子をつまみながら他愛もない話をする……体力的には今までよりも厳しかった筈なのに、不思議と毎日にハリがあった。この癒される日々がなくなってしまうのかと考えるだけで、無性に寂しい。
試験まで進めたとしても、セレン嬢が試験に合格すれば同僚として一緒に働ける未来があるが、もしも合格しなかった場合には永久に彼女と話すことさえ難しくなるだろう。なんせ職務上で会話するようなことなどないのだから。
もはや魔術を学ぶ必要もなくなるであろうから、こうして夜に会うことなどあろう筈もない。
切ない気持ちで見上げる俺の視線に気付いたセレン嬢が、蕩けるような笑みを俺に向けた。その手には、いつの間にか大きい方のフルーツケーキが準備されている。
「美味しいわね。ねぇヴィー、次はこの大きい方を食べてみない?」
「うむ、楽しみだ」
俺のしっぽが無条件に揺れた。
将来のことを心配しすぎても仕方ない。ひとまずは今の幸せな時間を堪能するべきだ。そしてせめて同僚として彼女と楽しく働ける未来を得るために、最大限の方策を練るしかないだろう。
セレン嬢の「はい、あーん」を役得とばかりに堪能し、俺はゆっくりと口を開く。
「うむ、やはりこっちのケーキの方が完成形だとはっきり分かるな。このフルーツにかけられた蜜のようなものが、中のクリームにも混ぜられているようだ。砂糖ではなくあえてこの蜜をクリームにも使うことで甘さが増し全体の味の調和が格段に良くなっているようだ」
「ふふ、ヴィーのコメントを料理長に聞かせてあげたいくらいだわ」
「俺も直接感謝の言葉を伝えたいくらいに気に入っている」
俺は美味いものは言葉を惜しまず褒める主義だ。本来なら本人を前に絶賛したいところだが、さすがにそれは叶うまい。美味しいケーキを最後までしっかりと味わいきった俺は満足のため息をついた。
「セレン嬢、出来れば俺がとても満足していたということだけは料理長に伝えて欲しい」
「ええ、任せておいて」
優雅に紅茶の香りを楽しむセレン嬢を見上げながら、俺はゆっくりとクッションにまた身を任せた。美味いスイーツも食ったし、ちょうどいい頃合いだろう。
「セレン嬢」
「なぁに?」
「主から君に預かったものがある」
「まぁ、ヴィオル様から? 何かしら」
素直に嬉しそうな顔をしてくれるセレン嬢が可愛い。ちょっと恥ずかしいが、今の彼女にはきっと必要なものだろう。
「必要そうなら渡していいと言われていたんだが、今のセレン嬢になら学びになると思う」
そう言って、俺はひとつの記録玉を取り出した。
「主が特級魔術師のエントリーをした時の記録玉だ」
「……えっ!?」
「当時は色々な属性の魔術を使っていたと思うが、奇しくも決め技はウインドボムだったと記憶している。何か参考になるだろう」
「えええっ、わ、わたくしが、ヴィオル様の記録を見ても、いいのですか!?」
「うむ、まだひよっ子で魔術の質も荒い時期の記録だから少々恥ずかしいが……人の戦闘記録は参考になるものだ。君は魔術学校にも在籍していないから、他者の戦闘を見る機会が圧倒的に少ないだろう? それが勿体無いと思っていたんだ」
「う、嬉しい……」
震える手で記録玉を大切そうに受け取ってくれるセレン嬢に満足して、俺は彼女の部屋をあとにした。




