【ヴィオル視点】案の定メキメキ上達している
翌日になったらセレン嬢はさらにさらにパワーアップしていた。
「コツが掴めましたの!」
そう元気よく発言する様子にはもはや迷いや不安など微塵も感じない。魔術を展開する一度ごとに如実に練度が上がっていくという様をこの目で見ることになろうとは。
自分なりに仮説を立てては実践している今の状況なら、下手に口を出すよりは黙って見守る方がいい。やるだけやって躓いた時にアイディア出しするくらいがちょうどいいのだ。
結界を強固に張り直した俺は、テーブルの上に置かれた俺用の小さなクッションの上に丸くなる。
そうして俺は、結界に向かってウインドボムをひたむきに撃ち込み続けるセレン嬢の横顔を、ただぼんやりと見つめていた。
それからどれくらいの時がたったのだろうか。セレン嬢の部屋の時計が小さく時を知らせて、俺はあと一刻ほどで帰る時間になってしまったことを知る。
結局セレン嬢は一度も休むことなく、そして迷いを生じる様子すらなく、ただただウインドボムを放っていた。まったく、たいした集中力だ。魔法防壁を張り慣れていて集中力を持続させることが仕事の俺たちの師団の中でも、攻撃魔術をこれだけの精度で撃ち続けていられる者など数えるほどしかいない。
大粒の汗を額に浮かべながら、それでもセレン嬢は脇目もふらずにウインドボムを放っている。
さすがに魔力の残量も少なくなっているではないか。
俺はクッションから立ち上がって、うー……ん、と長くノビをした。
しっぽの先まで伸ばし切るとめちゃめちゃ気持ちいい。猫の体はこんなところが思いの外便利だ。
セレン嬢がウインドボムを放って、次のモーションに入るまでの短い間を狙って俺はセレン嬢に声をかける。
「セレン嬢」
ビクッとセレン嬢の肩が動く。
ゆっくりと俺の方を向いたセレン嬢は、俺と目があうと夢が覚めたような顔をした。
「ヴィー……」
小さく呟いて思い出したように深く息を吸う。集中しすぎて呼吸が浅くなっていたのだろう。
「ごめんなさい、わたくしまた夢中になってしまっていたのね」
「謝ることなどない。実際に随分とウインドボムの質が良くなった。一昨日までのウインドボムとは別物くらいの威力に仕上がっているではないか」
「本当!?」
「ああ。素晴らしい」
正直に褒めると、セレン嬢はものすごく嬉しそうに破顔した。
「だが、少し休んだ方がいい。もう随分と魔力を消費している。体も疲れているはずだぞ」
俺はテーブルの上に置かれていたセレン嬢のハンカチをツンツンと前脚で指した。
「ハンカチ……?」
セレン嬢はいったんきょとんとしてから、ハッとしたように自身の額を触る。そして照れたように笑った。
「本当だわ、わたくしったら汗にも気付いていなかったのね」
「集中するのは良いことだが、休憩も適宜入れないとな」
「そうね、少し早いけれどお茶にしましょうか」
手早く汗を拭いて、鏡の前で髪を整えたりしながら、セレン嬢が言う。
うむ、早くスイーツを食える分にはもちろん大歓迎だ。なんせ今日は教えるまでもなく驚きのスピードで上達しているしな。
もう終わりでも良いくらいだが、お茶のあとにでも頑張った褒美をくれてやるか。
セレン嬢が喜ぶだろう姿を想像して、ひとり忍び笑いする。きっと目を輝かせてくれるに違いない。
「さぁ、今日もきっと美味しいわよ」
「うむ、楽しみだ」
俺用の豪華な皿に水を用意し、自分用に紅茶を淹れたセレン嬢はいつものようにデザートバスケットを手に席につく。俺も大人しくクッションの上におすわりした。
褒美のことはデザートを食ってから話さないと食いっぱぐれるからな。夢中になったセレン嬢の恐ろしさは身をもって体験している。俺は何食わぬ顔でデザートバスケットをちょいちょいとかしゃいだ。
「今日のは格別に甘い匂いがする」
「ちょっと待ってね……まぁ、すごい!」
「おお! これは美しい!」
デザートバスケットから出てきたのは、それはそれは美しい、鮮やかな彩りのフルーツケーキだった。
「色とりどりでとても綺麗。いったい何種類のフルーツが使われているのかしら」
「分からん。果実というものはこんなに様々な色合いを持っているんだな。形も実に多様だ」
セレン嬢の手のひら程度の可愛らしいサイズのまあるいケーキだが、所狭しと多彩なフルーツがのせられて、甘味を足すためなのか蜜のようなものまでかけられている。どうやらその蜜がさらに芳しい香りを放っているようだった。
「スポンジ部分も柔らかそうだ……」
もう目が離せない。
セレン嬢が笑っているのが気配でわかるが、もう俺にもどうしようもない。ヨダレが垂れるのを堪えるので精一杯だ。
「あら、もうひとつ入っているわ」
「む?」
セレン嬢の手には、さらに小ぶりなフルーツケーキと、もはや見慣れた料理長のメモがある。
「これは……」
「みなまで言うな。俺の分だと言いたいんだろう」
分かっている。全力の親切心で作られた猫用の薄味ケーキに違いない。
「そうね。糖分をぐっと控えてあるそうよ」
笑わないでくれ、セレン嬢。ああ、料理長の優しさが憎い。




