【ヴィオル視点】思い上がりを知った日
からかうようにセレン嬢が俺の耳をちょいちょいとつつく。その指を払うように俺の耳がピルピルッと動くと、それを見たセレン嬢は目を細めて楽しそうに笑った。
幸せそうでなによりだが、残念ながら俺は楽しい気持ちになどなれない。こんなに急成長するような、どんなアドバイスを貰ったというんだ。
「コツとはいったい、何を教わったんだ?」
「ええと……以前にヴィーも言っていたと思うのだけれど、中級の魔術って複数の初級魔術を組み合わせて組成された魔術が多いでしょう?」
「そうだな」
「例えば二つの魔術が組み合わされて作られた中級魔術であれば、威力が出なかったり不発になったりするのは、その二つの魔術の出力のバランスが良くないことが原因かも知れないみたいなお話で」
「バランス……」
そんなこと、考えたこともなかったが。
「その人もね、魔術が発動しなくて困っていた時に、二つの魔術の出力を変動させてみたら魔術が発動する出力のバランスがあることに気づいたんですって」
「……興味深いな」
「そうでしょう?」
「ちなみに、そのアドバイスをくれたヤツって」
「リース様よ。以前話したことがあるでしょう? 今はアカデミーにいるけれど、以前は魔術学校で学んでいた経歴があるから、魔術にも詳しいの」
「セレン嬢が魔術の練習をしていることに気づいたヤツだな。確かボーデンの弟だったか……」
さすがに弟も優秀なヤツらしい。
セレン嬢の話から察するに目もきくようだし、魔術師の道を選べなかったのは実に惜しい。そういえばボーデンの親父さんが体を壊した時にボーデンも王立アカデミーに編入したが、わずか数年で親父さんが急逝しボーデンが宰相として立った時、同じように弟も進路を変えざるを得ないと苦い顔をしていたことを思い出す。
将来的に領地を任せる人材が必要なのはその通りだが、勿体ないことをしたものだ。
そう思う気持ちの一方で、純粋に悔しい気持ちも存在しているのが厄介だ。セレン嬢が魔術のことで他のヤツにアドバイスを求めたのも正直ショックだったが、それに応えてセレン嬢に俺よりも的確なアドバイスをできるヤツがいたことも心臓をダイレクトに殴りつけてくる。
セレン嬢に申し訳なくて、俺はうなだれたまま小さく詫びた。
「すまん、セレン嬢。俺にはそういうアドバイスはできなかった」
「気にすることはないわ。ヴィーはヴィオル様の使い魔なのですもの、人とは感じ方が違うのかも知れないし」
「いや、主も知らなかったと思う」
言っているうちに情けなくなってきて、自然と耳もしっぽも力なく垂れ下がってしまうのが自分でも分かるが、ピンと立たせることができない。
魔術のことでわからない事などないと思っていたが、どうやら酷い思い上がりだったらしい。
「まぁヴィーったら、そんなに落ち込まないで。ヴィーからは学ぶことばかりよ。わたくしが中級魔術に挑めるくらいに教えてくれたのは他でもない貴方なのに」
セレン嬢の柔らかな手が、俺の頬を包み込むように撫でてくれる。それが気持ちよくて、俺は少しだけ頬をスリ……と寄せてしまった。ちょっと気持ちが弱くなってしまっていたのかも知れない。
「それにヴィオル様がもしご存知なくても当然のことなのかも知れないわ」
「? どういう意味だ」
「リース様がこうも仰っていたの。自分は苦労したけれど、もちろん息するくらい簡単に制御しちゃう人もいるって。ヴィオル様は天才との呼び声が高いお方だもの、中級魔術や上級魔術も、さほど苦労せずに習得できた可能性が高いわ」
「確かに……」
皆が苦労したような不発、という現象にはあまり見舞われたことがない。どれくらいに出力を保てば威力が増すのかなんて魔力の流れや雰囲気でなんとなく分かるから、細かく出力について考えたことすらなかった。
「しかし今の気づきは重要だ。中級、上級魔術の習得の初期段階での悩みを解決するのに効果を発揮するかも知れないな」
「そうかも。少なくともわたくしは、とても理解しやすくなったもの」
「そうだな、実際にセレン嬢は目に見えて上達しているし。……というか、理解できたらすぐにそんなに効果がでるのもすごいが」
そこがなんともセレン嬢らしい。理論が分かったからと言って、それを実技に落とし込むのはそれはそれで難しいものだというのに。
そんな気持ちを込めて見上げたら、セレン嬢はキラッと目を輝かせてナイショよ、とでも言いたげに唇に指を当てた。
「実はね、出力バランスで威力も変わるようだという話もあったの。それでわたくし、もしかしたら威力が最も高まる出力配分というものが見つけ出せるのかも知れないと思い当たって」
「!!!?」
「さっきからその配分を探しながら魔術を展開していたのよ」
「だから回を追うごとに威力がぐんぐん高まっていたのか!」
開いた口が塞がらない。
その出力バランスが発動や威力に関係するのでは、と気付いたボーデンの弟もたいしたヤツだと思うが、それを聞いて即座に最高の威力を出せる可能性を求めて実験に入るセレン嬢のアグレッシブさときたら驚くばかりだ。
「すごいな……」
「魔術がうまくいかないのも、時には役に立つものね。新しい気づきを得られることがあるのですもの」
なんてことない顔でうふふと笑うセレン嬢を、俺は一種尊敬の眼差しで見上げていた。




