新たな夜の習慣
幸せなお夜食タイムを終えてヴィーを送り出し、わたくしは記録玉を手にベッドに入った。
まだ寝なければいけない時間まで四半時ほどはあるもの。わずかな時間といえど記録玉をもう一度しっかりと見ておけば、今日の戦闘を振り返り明日からの鍛錬に生かすことができると思う。
ふかふかの羽根布団に体を横たえ、少し緊張しながら記録玉を見上げてみた。ヴィオル様からお借りした記録を見るためのレンズを記録玉に押し当てて、ゆっくりと魔力を流す。
今日はもうあまり時間がないから、豹型の中級魔獣リーガルとの戦闘を見るつもりでいる。これが一番記録時間が短かったし、初めて中級魔獣と戦って一番ダメな自分が記録されていると思うから。
記録がスタートした途端、ぐすっ、ぐすっという自分の嗚咽が聞こえるのが無性に恥ずかしい。そしてわたくしの視界には、ヴィオル様の頼もしい背中が映っていた。
わたくしを守るようなその背中に一瞬安心感を抱いたけれど、その背中がすっと横に動いて、あの恐ろしいリーガルの姿が目に飛び込んでくる。
あんなにも獰猛なのに妙に冷たい銀色の瞳が、まっすぐにわたくしを見つめている。明らかに獲物を見つめる捕食者の目だった。
「見ていろ」
記録玉から聞こえるヴィオル様のその言葉に、わたくしは慌てて起き上がる。
あの時ヴィオル様は「俺の戦い方をしっかりと見て、次の戦いに生かしてくれ」そう言っていた。わたくしに見本を見せる前提で戦ってくれた貴重な記録だと思うと、つい姿勢正しくなってしまう。
記録の中のヴィオル様はウインドカッターで攻撃を仕掛けると同時にリーガルの周囲に風壁で作った檻を張り巡らせる。飛びのいたリーガルが見えない風壁にあたって体勢を崩した一瞬で、リーガルを囲むように風壁を展開したのを見て、いまさらながらヴィオル様の意図が分かった。
ウインドカッターをおとりに使うだなんて。
でも、確かに中級魔獣ともなるとウインドカッターでは殺傷能力が足りないのかしら。特にわたくし程度の実力では外皮に傷すらつけられないのだから、おとりに使うというのは良い手なのかもしれない。
そうして風壁の檻の中に放たれたウインドボムが炸裂した時、わたくしは改めて感動した。
ウインドボムが弾け、たくさんの刃がリーガルの体に的確に命中したのはもちろん、命中しなかった刃が風壁にあたって跳ね返り、殺傷力がさらに高まっているのが分かったからだ。
さらに追い打ちをかけるようにウインドカッターで周囲の木々の枝を切って、木の槍を雨のように降らせている。それによってあの恐ろしいリーガルが地面に縫い付けられて動けなくなっているのだから、あの木の槍にも操風でかなり勢いをつけていたのだろう。
わたくしは思わずほうっと息をついた。
ヴィオル様が以前「地の利を生かした戦いをすると有利だ、想像力や応用力を評価される」と仰っていたけれど、きっとそれを体現してくださったのだわ。
実際にリーガルに相対していた時には恐怖で何も考えられなかったけれど、こうして冷静になってみるとヴィオル様がわたくしに教えようとしてくれたことがよく分かる。そして、わたくしにもできるはずの魔術を使っているというのにそのひとつひとつの魔術の精度、威力、展開速度がこんなにも違うことに衝撃を受けた。
魔力の溜め方、いくつもの魔術を矢継ぎ早に展開するタイミング、魔獣と戦う時の戦術、戦闘において学ぶ点が多すぎて目が釘付けになった。
この記録は何度も何度も再生したい、わたくしのバイブルにもなりうるものだと直感する。
「全力の魔術でとどめを刺すんだ」
記録の中のヴィオル様が、わたくしにそう指示している。
「わ、わたくしが……?」
「そうだ。中級の魔獣に、自身の魔術がどの程度傷をつけられるのかを見極めるんだ。それだけでも大きな経験になる」
怖気づくわたくしを鼓舞してリーガルにとどめを刺させようとしてくれるヴィオル様の姿に、有難さと申し訳なさが同時にこみあげる。だってわたくしは、このあとの結末を知っている。
中級魔獣の恐ろしさにすっかり委縮してしまったわたくしのウインドカッターは、リーガルに傷一つつけられなくて……むしろリーガルを捕えていた木の槍を切ってしまったせいで、自分だけではなくヴィオル様の身まで危険にさらしてしまったのだから。
「まだだ!」
「きゃあっ!?」
鋭い声が飛んだ瞬間、ヴィオル様の顔が大写しになって、そのままヴィオル様の背景がぐるりと回る。
同時にヴィオル様越しにリーガルがとびかかってきて、巨大で恐ろしい真っ赤な口がヴィオル様の首元近くに迫る。ヴィオル様がわが身を呈してわたくしに覆い被さり、守ってくれようとしたのだと思うと嬉しいけれど、ヴィオル様の首にあの恐ろしい牙が到達していたらと思うと怖くて、今見ても体が震えてしまう。
防護壁に阻まれてリーガルが弾かれたように後ろへ倒れこんだのがうっすらと見えているけれど、わたくしの目はただただヴィオル様に焦点を合わせていた。
怖くて。心配で。
あの時はただただ必死だったけれど、すでにヴィオル様が無事だったとわかっている今となっては、なぜかとてもこの光景が恥ずかしい。
ひとりで恥ずかしさに悶絶しているわたくしの耳に眠りに入る時刻を示すアラームが鳴り響いた。




