【ヴィオル視点】さらなる成長のために
「……はい」
ウインドカッターを放った時の座り込んだ状態のまま、セレン嬢が力なく答える。ようやく涙は止まったようだが、あまりにも元気のないセレン嬢の声に、さすがにちょっと可哀そうになった。
セレン嬢のことだからきっと、リーガルにまったく歯が立たなかった自分を責めているんだろう。
師として、そんな彼女に何を言うべきか。俺はしばし考えた。
森の中域に入ったばかりだというのに、あんなに強力なリーガルに出くわすとは俺ですら思っていなかったのだ。ちょっといきなり強敵過ぎたのは否めない。とはいえあれも中級魔獣のくくりだ、ターゲット層に合致した魔獣でもある。
中級の魔獣と戦うにあたって気を引き締めるには最良の相手だったかもしれない。
「わたくし、全然ダメでしたわ。こんなにも中級魔獣が恐ろしいだなんて」
「まぁ、今のリーガルは中級の中でもかなり上位に位置するヤツだがな」
「全力で放ったつもりのウインドカッターもちっともダメージを与えられていなかったですし」
「まぁな」
「怖くて動けなくなってしまったのはもう論外でしたし……」
案の定、できなかった部分を真剣に反省している。
自分の戦闘を脳内で振り返っているのだろう、セレン嬢はずっとうつむいたまま考えを巡らせている。
セレン嬢の主張はまさしくその通りではあるのだが、実は悪い点だけというわけでもなかった。セレン嬢は反省点ばかりに目が行きがちなところが少し惜しいと思う。
正しく反省することはもちろん大切なのだが、良かった点も正しく把握し、次につなげることもまた重要なのだ。
「そうだな、さっき程度の威力の攻撃では、中級を仕留めるのは時間がかかるかも知れないな。精神的に追い込まれているときでも、威力に差が出ないように訓練するしかない」
「はい」
「セレン嬢」
「はい?」
うつむいていたセレン嬢が、ようやく俺の目を見る。その目が光を失っていなくて、ちょっとホッとした。
「どうかしました?」
「ん?」
「なんだか微笑んでいらっしゃるので……」
俺は笑っていたのか。思わず口元をおさえた。
セレン嬢といるとこんな風に自覚なく笑ってしまっていることが多い。だが、今回は仕方ないだろう。あれだけ怖い目にあってもちゃんとそれを糧にしようと励んでいる姿を見れば表情も緩む。
「いや、さっきはかなり怯えていたようだから……だが、気持ちが折れたわけではなさそうだと思ったら、安心した」
「確かに何回か死を覚悟しましたし……正直に言うと今でも足が震えているのですけれど……結果的には死なずにすみましたから、拾った命だと思って頑張りますわ。ここで諦めるくらいなら、最初から挑むべきではないですもの」
「よく言った」
よく見ると足だけでなく手すら震えているが、俺を見上げる目はしっかりと光を放っている。
「じゃあ、今日はまだ頑張れそうか?」
「もちろんです。さっきみたいに不甲斐ないままでは、わたくし今夜眠れそうにもありませんもの」
「いい覚悟だ」
俺はセレン嬢の頭を軽く撫で、乱れていた髪を整えた。泣いている姿を見た時は心配で心配で、抱きしめて落ち着かせてやりたいなどと思っていたが、彼女はちゃんと自分で立ち上がるだけの力を持っている。
落ち着いてきたのか白かった頬に血の色が戻ってきた。これならばきっと、セレン嬢の言葉の通り次の戦いにも挑めるだろう。
「ところでセレン嬢、今の戦いにおいて、自身の良かった部分は分かるか?」
彼女のさらなる成長のため、俺はそう切り出した。
***
「ねぇヴィー聞いてる? わたくし本当に目が覚めるような気持ちだったのよ」
「聞いてる聞いてる」
「でもお耳がペタンと寝てしまっているわ」
「うわっ」
セレン嬢の指が俺の耳をスルリと撫でるものだから、俺は思いっきり飛び上がった。まるで水を弾くように、無意識に耳がふるふると動くのが気恥ずかしい。
まったくもう、セレン嬢ときたら敏感な耳を急に撫でるのは反則だ。無駄にぞくっとしたではないか。
「ふふ、お耳がピルピル動いて可愛らしい」
またも伸びてくるセレン嬢の手を躱すため、俺は前脚で両耳をガードした。
あれから帰るまでに二回ほど中級魔獣との戦闘を経験したセレン嬢は、帰ってきてからもやっぱり特訓を怠らなかった。今日は最終的に中級魔獣を一人で倒せるところまでいけなかったわけだから、焦る気持ちは分かる。
当然俺もヴィーとして特訓につきあっているわけだが、「今日はここまで」と言ったとたんに討伐の時に俺が話したらしいあれこれをセレン嬢の口からきかされる羽目になってしまった。
それだけでも悶絶しそうなほど恥ずかしいというのに、隙あらば撫でようとしてくるのがさらに手に負えない。心も体も責められっぱなしなのはさすがに恥ずかしいが過ぎる。
俺にガードされ耳を撫でることができなくなって少し不満そうな顔をしたセレン嬢は、なにか思いついたような顔をしてテーブルを離れる。その行先を見て、俺は一気に胸が高鳴った。
セレン嬢のベッド横のサイドテーブル。あそこにあるのは間違いなく『本日のデザート』だ。今日もしっかり用意してあったらしい。
喜びで思わず背筋がぴんと伸びる。気が付けば猫らしくちゃきっとお座りしてセレン嬢の到着を待っていた。




