【ヴィオル視点】思いがけない強敵
俺ならば魔術一発で倒せるどうということもない敵だが、セレン嬢にとってはそうではない。下手をすれば命を落とすかも知れない強敵だ。
ギリギリまで自分が手を出せない状況で戦闘を見守るしかないということが、こんなにも恐ろしいとは。
自分が特級クラスの魔獣数体と戦った方がまだマシだ。
「ヴィ、ヴィオル様……! これ、まさか」
うわずったセレン嬢の声に、彼女も中級魔獣の魔力を感じ取れたのだと理解する。
「空気が、痛いのですけれど……まるで、体中にトゲが刺さったみたい」
そう、それが中級魔獣の魔力だ。魔力を感知する力が多少弱くても確実に感じられるほど強い魔力を放っている。上級になると逆に魔力を隠せる厄介な魔獣も多いが、中級程度の魔獣は強い魔力がガツンと突き刺さってくるのが特徴だ。
この魔力ならば多分、中級の魔獣の中でもかなり強いものだろう。まだ森の中域に入ったばかりだというのに、これほどの魔力量を持つ魔獣と遭遇することは稀だ。ツいてないな……俺はひそかに警戒した。
森の木々がザワッと震えた瞬間、咆哮とともに強大な影がセレン嬢に襲い掛かる。
「ひっ……!」
セレン嬢の首の前で、巨大な牙が防護壁に阻まれた。
セレン嬢の防護壁をかみ砕く勢いで何度も歯を立てているのは、森の中域で見かけるのは珍しい豹型の魔獣、リーガルだ。しかも見上げるような体高で、これほど立派で美しい個体は俺ですら初めて見る。
厄介な相手に、俺は歯噛みした。
この種の魔獣は伸縮可能な鉤爪と強靭な前足で獲物を捕らえ、その恐ろしい牙で首を狙って的確に獲物を絶命させる。でかい獲物ならば鼻から顎にかみついて呼吸を封じ窒息死に追い込むのだと聞いた。凶暴さもスピードも力も、それを生かす頭の良さも兼ね備えた、生粋のハンターだ。
正直、まだセレン嬢には荷が重い。
セレン嬢の目の前でガチガチと恐ろしい音を立てて、リーガルの牙が苛立たしげに空を噛む。
リーガルの顎が開くたびにセレン嬢の背中ごしにがっぷりと開いた赤い口内が見え、セレン嬢の頭程もある巨大な舌が獲物を舐めるように蠢いた。よだれがボトボトと落ちる中、セレン嬢の細い体は押されるように後ろに倒れこむ。
倒れたセレン嬢の首元を狙ってリーガルがさらに襲い掛かり、またも防護壁に阻まれた。
セレン嬢は魅入られたようにリーガルのガチガチと空を噛む牙を見つめている。その顔が色が抜け落ちたように真っ白で、俺は彼女が完全に戦意を喪失してしまっていることに気が付いた。
腕も足も力なく投げ出されたまま、ぴくりとも動かない。防護壁が機能しているのが不思議なくらいだ。いや、防護壁すらいつ切れてしまってもおかしくない状況だった。
無理もない。
俺はおもむろに右手を上げ、ウインドカッターを生成しそのままリーガルへと叩き込む。セレン嬢に気を取られていたためか、ウインドカッターは驚くほどあっさりと命中し、驚いたらしいリーガルの体が後ろへと飛びのいた。
その隙をついて、俺はセレン嬢をリーガルの目から隠すように間に立った。
「セレン嬢!」
返事がない。
後ろから動く気配も感じられないが、俺もリーガルから目を離すわけにもいかない。俺は叱咤するようにセレン嬢に叫んだ。
「セレン嬢!!! しっかりしろ!」
背後から、ひゅうッと息を吸い込む音がした。きっと恐怖で呼吸すら忘れてしまっていたのだろう。
「大丈夫だ、セレン嬢」
「す、すみません、わ、わたくし」
「話さなくていい。防護壁を張りなおせ」
「は、はい……」
泣きそうに小さなセレン嬢の声が聞こえて、背後で守りの力が強くなる。その均等な厚みに少し安堵して、俺はさらに指示を出した。
「俺の前に風壁を張ってくれ」
「はい……っ」
ぐすっ、ぐすっと泣いているらしい様子が聞こえてくるのに、作られた風壁は完璧な仕上がりなのがセレン嬢らしい。
リーガルもさすがに俺という伏兵の登場に攻めあぐねているらしく、油断なくこちらを見て息をつめ、むやみに動かない。
「セレン嬢、記録玉を起動するんだ」
「えっ……」
「俺の戦い方をしっかりと見て、次の戦いに生かしてくれ」
「は……はい……!」
泣きながらでも、なんとか応えてくれたことに安心した。
さっきの真っ白なセレン嬢の顔が脳裏をちらつく。心が折れても仕方ない恐ろしい思いをしたのだろう。本当はこんな魔獣、一撃で仕留めてセレン嬢を抱きしめて落ち着かせてやりたい。涙も拭いてやりたいし、大丈夫だと勇気づけてやりたい。
だが、それでも俺は、彼女が少しでも目標に近づくことができるように動くことを優先すべきだ。
セレン嬢から戦闘がよく見えるように、俺は少し横に移動する。
リーガルの銀色の瞳がセレン嬢をとらえて、同時に後ろから息をのむ音が聞こえた。
「見ていろ」
ウインドカッターで攻撃を仕掛けると同時に、俺は風壁を張り巡らせる。
飛びのいたリーガルが見えない風壁にあたって体勢を崩した一瞬で、リーガルを囲むように風壁を展開すると、間髪いれずにウインドボムを放り込んだ。
ついでにウインドカッターで周囲の木々の枝を切り落として即席の槍をしこたま作り、ウインドボムがさく裂したあたりめがけて投げ込んでおく。
さすがに結構なダメージを負っただろう。
俺はおもむろにリーガルを閉じ込めた風壁の檻を解除した。




