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【書籍化&コミカライズ】地味姫と黒猫の、円満な婚約破棄  作者: 真弓りの


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【ヴィオル視点】三ヶ月後にこだわる理由は

ノートに書かれている内容を見るに、どうやら彼女は『初級魔術の系統と実践』から読んでいるようだ。


最初に大枠を掴んでから細部を固めていく方が俺は覚えやすかったからこの指南書を紹介したわけだが、彼女もそういうタイプなのかも知れない。ならば、これから話す内容も彼女にとっては咀嚼しやすいだろう。



「さあ、綺麗になった。これで自由にしていいわ」



俺の足を拭き終わって満足したらしいセレン嬢の腕が緩んだのを見計らって、俺はその腕からするりと抜け出す。そのままテーブルの上へと飛び乗ってノビをすると、セレン嬢は幸せそうにそんな俺を眺めていた。


俺もそんな彼女を見つめ返す。


うむ、全身をくまなく覆う淡い緑色の光。一定の厚みで構築されて絶えずゆったりと循環している。なかなかの精度ではないか。



「さっき会った時よりも疲労回復の魔術が美しく展開されているな」


「少しずつ慣れてきたみたい。それに、今は心穏やかですもの」


「最終的には心身の揺らぎに寄らず、これくらい安定して魔術が展開できるようになるのが理想だが、まずは上出来だ」


「ありがとうございます!」



素直に喜ぶ姿に、こちらまで少し嬉しくなった。俺とて辿ってきた道だ。その苦労も分かっている。


朝覚えたばかりの魔術をこれだけ安定して出力できるというのは、本当に一日中、魔術が切れるたびに真面目に構築し直し、どうすれば安定するのかを模索し続けた結果だろう。


妃教育に携わった講師達が口々に褒めていたのも納得できる。彼女は確かに優秀な生徒だ。



「一日目の感触としては、実技も勉強への姿勢も問題ない。たかだか三ヶ月で無の状態から特級魔術師の試験へ挑戦するなど無謀だと思っていたが、君がこのままの姿勢で取り組めば、あるいは合格する可能性がでてくるかも知れない」


「良かった……」


「それでも、可能性が出てくる、という程度だ。普通ならばその可能性すらないほどに難しい試験だからな」



というか、合格者が出ない年なんてザラにある。人数が確保出来ないからこそ、未だに師団長である俺までが壁番のシフトに組み入れられているわけだが。



「ちなみに、なぜ今年の試験にこだわるんだ? 来年も試験は行われる。焦らずとも、そこを狙って計画立てて行った方が無理がないだろうに」



その方が俺も腰を落ち着けて指導できるし、なんなら指導に向いた人材を内密に見繕うこともできるかもしれない。そう思って聞いてみれば、彼女はさらりとこう言った。



「わたくしには今年が最初で最後の機会だから」


「? どういう意味だ」


「わたくし、あと半年ほどで十八歳の誕生日を迎えるの。そして、その半年後にはヘリオス殿下の生誕祭が執り行われるわ。二人とも成人を迎える以上、そのタイミングで正式に国内外に発表され、婚儀の日取りも明示されるのではないかと思うの」



そうなると動かせないから、と彼女は淡々と語る。今年の試験に失敗すれば、彼女は内心がどうであろうと、粛々と儀式をこなし、ヘリオス殿下の正妃として何事もなかったかのように国政に携わっていくのだろう。


それはなんだか、むかっ腹がたつんだが。



「マリエッタはわたくしよりも二歳年下ですもの。これから妃教育を受けたとしても完璧ではなくとも多くを習得できるでしょう。発表も、マリエッタが成人するまでは延期されるでしょうから、色々と余裕が生まれるわ」



だから、なんとしても今年の特級魔術師の試験に合格したいのだとセレン嬢は笑う。


俺は、微妙な気持ちになった。


悔しくないのか、と問いたい気持ちがむくむくと湧いてくる。本当に妃の座を妹に明け渡して、後悔しないのだろうか。


セレン嬢が夫や側近に影で揶揄されながら重責である正妃になるのは腹立たしい。しかし、特級魔術師になったらこれまで彼女が培ってきた努力や人脈はなんの役にも立たないだろう。


外交や貿易、接見、夜会など頻繁に人と顔を合わせる華やかな仕事ではない。しかも特級魔術師になってしまえば、国防の要であるゆえに、その任を簡単には降りられない。任についてから後悔したのでは遅いのだ。


今は特級魔術師を目指したばかりだ。聞いたところで返ってくる答えなど決まっているだろう。


だが、人の心は変わる。


彼女の気持ちが落ち着き、冷静な判断ができるようになった頃、もう一度、彼女に意思を問うた方がいいのかも知れない。


そう結論づけ、俺は顔を上げた。


先のことなど誰にも分かるものか。今はただ、彼女が特級魔術師の試験に合格する可能性を高めるために尽力するだけでいい。



「よし、それでは今日これから行うことと、試験までの三ヶ月で行わなければならない、大まかなスケジュールを確認しよう」


「はい!」


「今日行うことは簡単だが……セレン嬢、君は朝何時に起きる?」


「七時です」


「では、その八時間前には就寝しろ」


「そんな……! わたくし、そんなに寝なくても大丈夫なのです。まだ読みたい本がいくらも」


「ただ寝るわけではない。睡眠を兼ねた昏倒だ」


「昏倒」



セレン嬢が目を丸くする。だが、これはかなり有効な手段だ。

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『出戻り聖女の忘れられない恋』
― 新着の感想 ―
[一言] 王太子妃という仕事が「顔」だけで出来ると言い切った(美しければ能率アップするのよね?)側近の皆様、顔を見たのに自分の「仕事」をヒロインに手伝って貰ってる時点で効率アップしてないよね? こうい…
[一言] 殿下に言いたいのは 「二兎を追うものは一兎をも得ず」 です。
[一言] 更新されるのを楽しみにしています。ヘリオス殿下やマリエッタには充分イラッとします。大丈夫この国?!なんて。ヴィオル指導のもと、自分の力で未来を切り開こうとするヒロインの姿は好感が持てます。余…
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