【ヴィオル視点】心臓に悪い、二人きりの時間
「……」
「……」
「……」
どれくらいそのまま見つめ合っていたのだろうか。
ようやく落ち着きを取り戻してきた俺は、セレン嬢の頬の赤みがさっきよりも随分と増していることに気がついた。しかも、ますます赤くなっていく。
目も潤んで吐息も熱い。まつ毛がふるふると震えて、体が少し仰けぞっているのかホールドする腕に負荷がかかるようになってきた。これまでのセレン嬢にはなかったことだ。
「大丈夫か……?」
心配になって尋ねたら、セレン嬢はふにゃっと眉毛を下げて「もうダメですぅ……」と呟いた。
同時にセレン嬢の体がフラッと後ろに傾ぐ。
「おっと」
しっかりホールドしていたから問題ないが、彼女の体に負担がかからぬよう、柔らかい空気の壁で彼女の体全体を包んで受け止めた。
「む、体が熱いな」
会場はダンスに興じる人々の熱気で満ちている。セレン嬢はこれまで余裕ある空間でヘリオス殿下と踊るという状況が主だったのだから、こんなに混み合った場所で踊るのは経験が少ないんだろう。熱気にあてられても当然だったのかも知れない。
彼女とのダンスに浮かれきって体調の配慮もできないとは。俺もまだまだだ。
「夜風にあたった方がいい。バルコニーに出るが構わないか?」
「お願いします……」
「よし、任せろ」
内心反省しながら、ふらつくセレン嬢の体を支え人気のないバルコニーへと導く。まだ夜会開始から間もないせいか、バルコニーに出ている者などほとんどいない。隠密魔術のおかげで特定されないとはいえ、人がいるとセレン嬢も落ち着かないだろう。人がいなくて良かった。
ベンチの背もたれにくったりとしなだれかかるセレン嬢に、緩やかに風を送る。空気はそれなりに冷たいから、風さえあれば気分も少しは良くなるだろう。
心配で顔色を窺えば、気怠げに目は伏せられ、上気した頬と唇から溢れる吐息がなんとも色っぽい。目が離せなくて、俺は急に落ち着かなくなってしまった。
これはマズイとなんとかその魅惑的な顔から視線を外せば、汗ばんだ白い首筋が目に入る。
琥珀色の髪がふんわりとゆるく巻き上げられているからか華奢な首筋が強調されて、風でふわふわと揺れる後れ毛が細い首を撫でているのがこれまた悩ましい。いけないものを見ているような気分になってさらに視線をずらしたら、今度は浅い呼吸で上下する胸が目に入る。
なんということだ、正直目のやり場に困る。しかし見ずにはいられない。
誰にも見えぬように腕の中に囲い、ぎゅっと抱きしめてしまいたい。
そんな不埒な考えが脳裏をよぎり、俺は自分を殴りたくなった。
体調が悪くて涼みに来た彼女を前に、何を考えているんだ俺は。心配で占められていた筈の自身の心の中に、急に顔を出した感情に辟易する。
いやまぁ男としてはある意味しょうがない。今まで人自体に興味がなかったから戸惑っているだけで、きっとこういう感情もごく普通のことなんだろう。ボーデンなんかに知られたら多分「やっと人並みに……!」とか感動されかねない事案だろう。
だが、師匠である俺を信頼してくれているであろうセレン嬢に、こんな不埒なことを考えていることがバレて幻滅されるのだけは避けたい。
無心だ……! 無心になれ……!
俺は目の焦点を合わせないように努力しつつ、彼女へと涼やかな風を送る作業に集中した。
「……ヴィオル様、ありがとうございます。もう随分と回復しましたわ」
セレン嬢の自己申告に、ハッと我に返る。
なんだ、まださっきのダンスの曲が流れているではないか。本当にさしたる時間が経っていない。
「意外と早く回復したな」
「涼しい夜風にあたれましたから。ヴィオル様が風を送ってくれたのでしょう? ありがとうございます」
「よく分かったな」
驚きに目を見張ると、セレン嬢はいつもの屈託のない笑顔を見せた。
「バルコニーに飾られた花ですら揺れていませんもの。なのにわたくしにだけ全身程よく風が当たっていれば、さすがに気がつきますわ」
「なるほど、確かに」
「それに元々、体調が悪かったというわけではないですし……」
小さな小さな声で発されたその言葉に、俺は首を傾げる。
「いや、悪かっただろう?」
「あれはその……とにかく、もう大丈夫ですわ。ほら、ふらついたりもしないですもの!」
「それならいいが……無理はするなよ?」
確かにしゃきっと立てている。さっきまでの悩ましげな雰囲気などまるで無かったかのようだ。
だが、こっちとしてもその方が助かる。このままこの人目がなくて薄暗いベランダにセレン嬢と二人きりでいると、また不埒なことを考えてしまいそうだ。
「それならばまだもうちょっと踊るか? そろそろ曲も終わりだろうが、さっきのように曲に合わせて軽くステップを踏むくらいなら、さして体に負担もかからないだろう」
「いえ!」
慌てたようにそう言うから、さすがにまだ踊るのは無理かと思ったら、セレン嬢は予想外のセリフを口にする。
「最初みたいに、フロアをいっぱいに使って踊りましょう」
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。むしろあの距離感の方が危険です。恥ずかしすぎて爆発しそうでしたもの」




