変わりゆくサロン
疑問には思ったけれど、ヘリオス殿下のお顔も声も明るいから、きっと悪い知らせではないのだろう。
「ではお茶を淹れましょう。淹れ方を教えるわ」
わたくしが立ち上がると、マリエッタはもちろんリンデ様やラーディア様も立ち上がる。サロンには侍女などは控えていないから、お茶が飲みたければ自分で淹れるのが当たり前だ。全員がティーポットの在りかを知っておく必要がある。
「ここにあるティーポットや茶葉、カップ類はメンバーなら誰でも使っていいわ。自席でお茶やコーヒーが飲みたい場合は基本的に自分で淹れて頂戴ね」
「へぇ、男性も自分でお茶を淹れるのか」
「ええ、サロンには侍女もいないし、わたくしが入るまで男性しかいなかったでしょう? 代々そうしてきたのだからと、先輩方が。皆でお茶をするときにはわたくしが率先して淹れることにしているけれど」
「先輩方って意外と優しいのかしらぁ」
「もちろんお仕事には厳しいけれど。こうやってお茶を淹れていると、リース様がよく進んで手伝ってくださるのよ。その時お仕事の手が止められる人がやることになっているの。だから先輩方が一緒にやって下さることもあるくらい」
「へぇ、なんだか見る目が変わるな。王宮もそういう方ばかりになると働きやすいだろうな」
「そうですわねぇ、王宮の殿方達がそれくらい懐が深くなるにはもう少々かかるのでしょうねぇ。わたくしのお父様なんて一生無理そうですけれどぉ」
お二人が言いたいことも分かる。王宮の文官に女性や平民がかなり登用されるようになってきたとはいえ、まだまだ男性の貴族の中にはあからさまに嫌味を言ったり雑用を言いつけたり、使用人のような扱いをしてくる方も多いのだとか。前時代的だと思うけれども、一朝一夕で変わるわけではないのが現実だ。
簡単に各自のお茶の好みや淹れ方をレクチャーし、配膳が終わって席に着いたらヘリオス殿下がおもむろに口を開く。
「実は今日は、アンドル、キッツェとともに、陛下に報告に行ってきたんだ」
「ああ、だから遅かったのですね」
リース様が納得したように頷き、先を促した。
「昨日から新体制でのサロン運営がスタートしたからな、軽く現状の報告と今後の展望について話してきた」
「今後の展望……?」
思わず呟いてしまった。 以前お話ししたときは、今後の展望については特に聞かなかったと思うのだけれど……。
「まずは現状の報告についてだが……リンデ嬢、ラーディア嬢、マリエッタ嬢」
「はい」
「陛下より『期待している、励め』との言葉をいただいている」
「もったいなきお言葉。必ず結果を出してお目にかけます」
「お父様からも、参画するからには無様な真似はするなと釘を刺されておりますわぁ」
「父や姉に恥じぬよう頑張ります」
三者三様の返しに、ヘリオス殿下は少し面白そうな顔をした。
「革新派のタイド家はともかく、保守派のハピスエリ家のラーディア嬢がこの新しい取り組みに参画してくれたことには、陛下も強い興味を示していたよ」
「そうだよね、特にラーディア嬢には頑張って欲しいところだよねぇ」
キッツェ様もにっこりと笑う。ラーディア様はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「もちろん頑張りますわぁ。お父様としてもそれなりに苦渋の選択だったようですけれどぉ、わたくしにとっても賭けですからぁ」
正直すぎるラーディア様の言葉に、わたくしとリンデ様は苦笑を交わす。いかにもラーディア様らしい。
「セレン様もリンデ様もいますしぃ、お任せください」
「そうだな。助け合って、殿下も陛下も父上方も納得できる結果を残そう」
「わたくしもマリエッタも、精一杯頑張りますわ。ね、マリエッタ」
「は、はい。微力ですが、精一杯」
さすがにマリエッタはちょっと面食らっているみたいだから、後で邸へ帰ってから色々とレクチャーした方がいいかもしれない。
もう少しサロンに慣れてからでもいいかと思っていたけれど、家と家との関係性やリンデ様やラーディア様の個性や置かれている状況も共有しておいた方がきっといいんだわ。
わたくしをチラリと見上げたマリエッタに、落ち着かせるように微笑んでからわたくしはヘリオス殿下へと視線を戻す。
「頼もしいな。君たちには本当に期待しているんだ。今後のためにも」
「あの……先ほども今後の展望、と仰っていましたけれど」
「ああ、それなんだが。この取り組みが軌道にのり充分な成果が得られた場合、来期平民からも優秀かつ文官への志望がある者をサロンメンバーとして受け入れるという案について合意を得てきた」
「なっ……」
マシュロ様達が絶句している。
わたくしも少々驚いた。ヘリオス殿下が将来的にはそれも視野に入れていることは以前お聞きしたと思うけれど、こんなに展開が早いとは思っていなかったから。
「アンドル様達も賛同しているということですよね」
リース様が問えば、二人ははっきりと頷いた。
「もちろんだ。実力も資質もなく家格だけが高い貴族より、気概と実力のある平民の方がよほど殿下の助けになるだろうからな」
「ま、実力があるなら家格が高い分できること多いし、貴族の方が使えるのは否めないけどね。それもそのうち変わるんじゃないかなぁ」
「僕も同意見です」
リース様が同意し、わたくしも深く頷いた。ヘリオス殿下を支える腕が多いに越したことはないのですもの。
「私たちの働きにかかっているわけか。これは心してかからないと」
「うん。頼むよ。まぁでも、これを機に頑張って欲しいのは、他にもいるんだけどね」
リンデ様の呟きに、キッツェ様がにこやかに笑う。
サロンがどんどん変わっていく、その過渡期に来ているのだとわたくしは強く感じていた。




