【ヴィオル視点】なんで俺がこんなこと
聞きながら、自分の耳としっぽがどんどん下がっていくのが分かる。
なんで俺がこんな事を言わなければいけないんだ、とも思うが聞かずにはいられなかった。セレン嬢は殿下が彼女との婚約を厭う気持ちでいると思っているようだが、俺は確信を持てていない。
俺がセレン嬢の足を踏んでしまった時には殿下は慌てて駆けつけてきたし、翌日も彼女を心配して声をかけてくれたらしい。婚約者としてはそれなりに普通な動きな気もするが俺には貴族の機微など分かりはしない。
もしセレン嬢が勘違いをしていて、殿下がセレン嬢を大事に思っていたとしたら、後になってセレン嬢が後悔することになるのではないかと考えると、今のうちに確かめるべきではと思えて仕方がなかった。
「ヘリオス殿下に直接聞くだなんて……そんな事できるわけがないわ」
「そうか? 赤髪の小僧と違って怒鳴り出すような雰囲気はなかったと思うが」
「もちろん怒鳴ったりなどはなさらないけれど」
ふふ、と寂しげに笑ってセレン嬢が俺の背をゆっくりと撫でる。
「ヘリオス殿下はもちろん穏やかに答えてくださると思うわ。ただ……聞いても意味がない事だから」
「どういう意味だ」
「ヘリオス殿下はわたくしとの婚約を破棄するのは不可能だと思っていらっしゃるのよ。一生添い遂げる事が確実な相手に、不満だなんて言っても傷つけるだけでしょう? 関係性が悪くなるだけで良いことなどひとつもないわ」
「確かに」
そう言われればそうだ。
「問題の解決にもならないのに、そんな事をわざわざおっしゃる筈がないもの。ヘリオス殿下はそれだけの分別があるお方だわ」
「そうか」
「本心でも、わたくしを気遣ってだとしても、お答えはきっと同じ言葉よ。それに今日一緒にお出かけして、お話しして……ヘリオス殿下はやはりわたくしにこれまで一切興味がなかったのだと確信したわ」
「……」
何があったんだと問いたいが、問うて良いものではない気がして俺はとりあえず首を傾げるだけにした。
「ねえヴィー。ヴィーにはさっき浮かない顔をしていると言われたけれど、こうして貴方と話しているうちになんだかスッキリしてきたわ」
「うん?」
「さっきまではわたくし、ヘリオス殿下がわたくしとの婚約を内心厭いながら、良き婚約者、良き伴侶の姿を生涯演じていくつもりなのかと、悲しくて悔しくて情けなかった」
「うむ。そう言っていたな」
「でもそれを悲しく思う必要も資格も、もうわたくしにはないんだと気づいたわ」
穏やかな顔で、セレン嬢は続ける。
「だってわたくしはヘリオス殿下の妻にはならないのですもの。悲しむ必要などなかった」
「あー……まぁ、そう言われればそうか」
特級魔術師に合格出来ればだが。
「それに、わたくしの気持ちも変わってしまったのですもの。今のわたくしには悲しむ資格などないわ」
「気持ちが変わった……?」
思わず俺の耳がピンとたった。そんな俺の耳の付け根をゆったりと撫でながら、セレン嬢は苦笑する。
「わたくしだってもう、以前のように真っ直ぐな気持ちであの方の妻になり、一心不乱に国政に打ち込むことはきっとできない。わたくしは既に新たな道を進みはじめてしまったのですもの」
それだけ言って口を閉じるとセレン嬢はゆっくりと立ち上がり、俺が張った結界へと歩み寄った。
以前よりもさらに威力と刃の枚数が増えたウィンドカッターを結界にぶち込んで、セレン嬢は俺の方を振り返って笑った。
「魔術がこんなにも面白くて楽しい、研究しがいのある学問だなんて知らなかったの。できることならわたくし、この道を極めたい」
「セレン嬢……!」
「わたくし、本当に色々と調べたのよ。今のわたくしには無理だけれど、極めて行けば魔術の開発や魔道具の開発もできるようになるのでしょう? 今生活を豊かにしている魔術や魔道具は特級魔術師たちが編み出した物も多いと記載があったわ」
「ああ、特級と名がつくだけあって優秀な魔術師が多いからな」
「魔法防壁と魔獣討伐で民を危険から守り、魔術と魔道具の開発で民の生活を向上させる。こんなにやりがいのある仕事は他にないわ。王妃としてではなく、わたくしは特級魔術師として生きていきたい」
「そう、か。天職だとは思うが」
「ありがとう。わたくしね、ヴィーが『操風』を教えてくれてから、それをどう使えばどんなことができそうか……アイディアが溢れて止まらないの。追われるような気持ちで勉強に励むのではなく、学びたい気持ちが溢れ出すだなんて、こんなに素敵なことがあるかしら」
セレン嬢が右手を小さく動かすと、ベッド脇のサイドテーブルからリボンが俺目掛けて一直線に飛んでくる。つい起き上がったら、リボンは俺の首にスルッと巻きついてあっという間に蝶々結びを形成した。
「操風技術がべらぼうに向上している……」
「ヴィーと会えなかった昨日と一昨日も猛特訓したもの」
ふふ、と笑ってセレン嬢が指を動かすと、今度はカーテンがひとりでに閉まる。完璧過ぎる操風だ。
「最初はヘリオス殿下のために目指した特級魔術師だったけれど、わたくし、今はただ純粋に特級魔術師になりたいと思っているの」
そうしてセレン嬢はふと目を伏せた。
「……そうね、いつかはヘリオス殿下に、この気持ちごと相談しても良いのかもしれないわ」




