孤立
エレーヌが階段から落ちた一件以来、メラニーと少し距離が出来た。今までは会うと抱きしめてくれたのに、最近はエレーヌに付きっきりで構ってもらえない。それにソフィーに対する態度も明らかに余所余所しくなった。
夢で見たフィフィの孤独感、疎外感がそのまま現実のものとなっていく。
このままでは駄目だと、庭での散歩にメラニーを誘った。誤解を解いて、以前のように仲良くなりたい。話せば分かってくれるという期待もあった。
「二人でどこへ行くの? 私も一緒に行きたいわ」
エレーヌに声を掛けられたのは、玄関から庭に出ようとしたまさにその時だった。
「ごめんなさい、エレーヌ。お母様にお話があるから、またの機会でもいいかしら?」
「ひどいわ、お姉様!また私を除け者にするのね」
「そういう事ではないわ」
目に涙を溜めたエレーヌに、メラニーが手を伸ばす。
「一緒に行きましょう、エレーヌ。ソフィーの話なら後からでも聞けるわ」
「お母様…」
「本当⁉ 嬉しい!大好きよ、お母様」
エレーヌはメラニーの腕に抱きついて、二人で先を歩き出した。置いて行かれないように早足で追いつきメラニーの横を歩くが、ソフィーの方を見ようともしない。
慣れたとは言え、やはり寂しかった。
「お母様、私も腕を組んでいいですか?」
「何言っているの、ソフィー。あなたはもうそんな年ではないでしょう」
ちら、とだけこちらを見て、呆れたように言った後、すぐにエレーヌと話し始める。今までの母ならこんな対応をすることはなかった。
こんなことなら誘うのではなかったわ。
大した話もできないまま、我が家の自慢の大きな噴水へと辿り着いた。高く上がった水にエレーヌがはしゃいだような声を上げる。
「お母様、見て!虹ができているわ」
「まぁ本当。とっても綺麗ね」
「お姉様も。ほら、とても素敵でしょう。そんな離れた場所じゃなくて、もっと近くで一緒に見ましょうよ」
エレーヌはぐいとソフィーの腕を掴み、噴水の前へと駆け出した。
「ちょっと待っ」
ソフィーは態勢を崩したまま、何とか付いて行く。
「きゃあ!」
バシャンッと音を立てて、エレーヌが勢いよく噴水へと落水した。
ソフィーは呆然とその姿を眺める。
全身から水を被ったエレーヌが尻もちをついた格好で噴水に座り込んでいる。ソフィーを掴んでいた腕は落水の直前に離された。
「エレーヌ!」
メラニーがすぐさま彼女を助けに噴水へと入っていった。
「エレーヌ!大丈夫⁉」
取り乱した母の声にメイド達も駆けつけ、エレーヌを噴水から助け出す。
「お母様!お姉様が私を突き落としたの!どうして⁉ 私は仲良くしたいのにっ」
泣きながらメラニーに寄りかかった。メラニーは信じられないという顔をして、ソフィーを睨みつける。
「ソフィー!やって良いことと悪いことがあるでしょう!」
「違う!私は何もしていないわ!」
「あなた、エレーヌがこんな状態になっているのに、よくもそんなことが言えるわね!」
本当に何もしていない。腕を引っ張れて急に離されたのだ。だけど、母からはどう見えた? 突き落としたように見えなかっただろうか…。
急に背筋が寒くなった。
「違うの、お母様。聞いて!私はただ手を引かれただけよ!」
しかし、ソフィーの必死の声はメラニーには届かなかった。エレーヌの泣き顔は物語のヒロインそのもので、メラニーや使用人達は彼女を信じて疑わない。
ソフィーは無力感と理不尽さに立ち尽くすことしかできなかった。
そんな中、今度はエレーヌの母の形見であるブレスレットがなくなった。屋敷にいる全員で探すこととなったが、当然疑われたのはソフィーだった。
「ソフィー。部屋を見せてちょうだい」
メラニーに言われ、エマが鍵を開けた途端、使用人達が勝手に部屋中に押し寄せ、漁りはじめた。
「あったわ!」
朝にはなかった見慣れないブレスレットが引き出しから出てきた。見つけたのはエレーヌの侍女だった。
ソフィーはすぐに否定する。
「私は盗っていないわ!」
「実際に、ここにあるじゃない!」
メラニーの目はすでに娘に向けるものではなくなっている。
「誰かが私の部屋に隠したのよ!」
「鍵は閉まっていたでしょう⁉ 誰も中に入れないわ!ソフィー、どうしてそんなことするの⁉」
「私ではないわ!誰かが探す振りをしてブレスレットを隠したのよ!お母様、信じて」
「誰が何の為にそんな事をすると言うの!」
「そうよ、お姉様。自分がやったのに私の侍女のせいにするなんて、ひどいわ!これは私とお母様の大切な物なのよ⁉」
メラニーに抱きついて泣き出した。慰めるようにメラニーが抱きしめる。
「エレーヌ。ごめんなさいね、ソフィーがこんなことを…」
「いいんです。お姉様が私を嫌っていることは分かっていますから」
「違うと言っているではないの!」
しかし、ソフィーの声は悉く無視された。
「あなたは暫く、部屋で反省していなさい!」
バタンと不機嫌な音を立ててドアが閉まった。自分の言葉に耳を貸そうともしてくれないことが悔しくて悲しくて、ソフィーはその場で大泣きした。




