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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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8/88

§  虚しい結婚式

          §



 一生に一度の結婚式は、大聖堂ではなく王城の中にある礼拝堂で行われた。

 誓いの言葉すらない簡略化されたもので、当然民の前に姿を見せることもなかった。


 集まったのはそれぞれの家族のみ。大勢を集め華やかに執り行われる貴族の結婚式とは到底思えなかった。


 夢にまで見た花嫁ドレスは既製品で、宝石の一つもない簡素なもの。垂れたベールで顔が完全に覆われている為、視界が狭い。サイズの合っていない靴のせいで歩くたびに踵と小指が痛んだ。


 体裁を重んじ式は必須だったが、誓いのキスすらなかった。結局ベールが上げられることはなく、もはやソフィーである必要もなかった。

 アンリも彼女を見ようとはしない。早く終われという様子を隠してもいなかった。


 …やる必要なんてないのに。


 虚しさと悲しさで零れそうな涙を何度も堪えた。

 もはや式の進行を務める主司(しゅし)の声など耳に入らない。


 式が終わるとすぐに、アンリは参列席に座るエレーヌの元へと駆け出した。


「君にこんな場面を見せないといけないなんて胸が苦しくて仕方ない」

「大丈夫ですわ。アンリ様のお立場はきちんと理解しておりますもの」


 切なげに一生懸命微笑んでみせるエレーヌを、アンリは思わず抱きしめた。


「エレーヌ。僕が愛しているのは君だけだ。形だけの結婚に意味なんてない」

「ええ。アンリ様のお気持ちは痛いほど伝わっております。例え誰と結婚されても、私はあなたを愛し続けます」


 そんな二人を両家の人間が見つめる。皆一様に悲しそうな顔をしていた。


「すまいないな。エレーヌ。アンリには世継ぎが必要だ。分かっておくれ」

「ごめんなさいね、エレーヌ。私達はあなたを娘だと思っているわ」


 国王と王妃の謝罪に、エレーヌは慌てる。


「お止めください。私はアンリ様と一緒にいられるだけで幸せなのです。他には何もいりません」

「エレーヌ、君こそ僕の妻だよ。そうだ。今度二人の結婚式を行おう。君が望むドレスを作らせるよ。ティアラやジュエリーも君にぴったりのものを用意しよう」

「まぁアンリ様。とっても嬉しいです!」


 エレーヌはアンリに飛びついた。

 国王や王妃達も微笑ましく見守っている。二人の手前、勝手に立ち去ることもできない。


 ベールがあって本当に良かった。

 先ほどからの二人の会話をどんな表情で聞けばいいか分からない。息を殺して隅に立ち尽くしていた。


 楽しそうな会話が急に静かになり、不思議に思って顔をあげると、皆がこちらを見ていた。刺すような視線と軽蔑の視線が混じっている。この感じは幾度となく経験してきた。


「お姉様。今日のお姉様はとっても素敵ですわ」


 ソフィーよりずっと着飾ったエレーヌが褒める。

 こちらは頭から大きなベールを被って顔も分からない状態だというのに。


「ソフィー!聞こえなかったのか。エレーヌがどんな気持ちでお前を見ていたと思っている」


 こちらのセリフだと言い返す気力など、とうに残っていなかった。


「…申し訳ありません」


 掠れた声で頭を下げた。


「あなた、今日からアンリの妻になるのよ⁉ そんなことでこの大役が務まると思うの?」


 口元に派手な扇子を当てて、王妃が汚らわしそうにソフィーを見る。


「期待などしていない。対外的な公務は全てエレーヌにしてもらう。お前のような人間を表に出すことは出来んからな。子さえなせば良い」


 国王が冷たく言い放った。


「…申し訳ございません」


 頭を垂れて謝罪することしかできない。

 私は何て役立たずなんだろう。せめて子どもだけはしっかりと産まなければ。


「少しでもエレーヌの負担を減らすよう事務処理は全部お前がやれ」

「そうよ。ソフィー。あなたの代わりに体の弱いエレーヌが公務に参加しないといけないのだから」

「…はい。お父様、お母様」


 見えなくても声だけでどんな表情をしているか分かった。


「もう君はここにいなくていいよ」


 アンリに出ていけと仄めかされ、一礼をして礼拝堂を後にする。出入口で待機していた騎士達の見下した視線もベールのおかげで見えなかった。




         §


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