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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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竜との対峙

 エドワードが姿を見せなくなって約五日。騎士達は漸く森を抜けようとしている。前方では明らかに光の降り注ぎ方が違った。やっと足に絡まる草木から解放される。見通しの悪い森は心理的な負荷が大きかった。


「先が見えたぞ!」


 しかし、喜んだのも束の間、そこまで出ると地面が急に消えた。


「崖だ…」


「おい!見ろ!竜だ!」



 一体の竜がこちらを見上げている。首を起こすと、目線が同じくらいの高さになった。縦に一本入っただけの不気味な黒目がこちらを凝視している。異様に首が長い。二十メートルはあろうかという全長の半分が首だ。


 竜が大口を開けて、こちらに向かって黒い(もや)を吐いてきた。


「口は塞いでいるな⁉ 絶対に吸うなよ」


 口元は布で覆っているが、どこまで効果的は分からなかった。


 この崖を下らないと先へは行けないが、竜も退く気はないようだ。


 崖は竜を囲むように半円形になっている。デクスターは崖の形に合わせて騎士を配置させた。


 全員で崖の上から攻撃すると、竜は長い首を左右に振り、攻撃の的を絞らせない。


 最初は弓矢が当たっても全く効いていない様子だったが、連続で命中すると痛がるように首を下にやり、動きを止めた。


「仕留めたか⁉」

「気を緩めるな!放ち続けろ!」


 その声で再び弓矢の雨が竜に襲い掛かった。多くの矢が竜の首に刺さり、鱗のような皮膚から赤い血が流れる。


 首を大きく左右に振って暴れ出したかと思うと、竜の首の付け根から、もう一つ小さな頭が生まれた。その頭がにょきにょきと伸びていく。


「何だ⁉」「どうなってるんだ⁉」「首が二つに分かれたぞ⁉」


 騎士達が戸惑っていると、みるみるうちに双頭竜へと変化を遂げた。口が開いたまま呆然とする騎士達の横で、チャーリーは冷静に竜を観察する。


「こりゃ、すごい!こんなにすぐ長い首をもう一つ別に作るなんて!信じられない複製の速さだ!でも絡み合ったりしてないってことは、頭は二つでも脳は一つなんだ!デクスター、最初にあった方の頭を狙ってみて」


「全員、左側の頭を狙え!」 


 騎士隊長であるデクスターの合図で、左の頭を狙おうとするが、もう一方の頭がそれを邪魔する。どうやら左の頭が欠点であることは確かなようだ。


「構わん!気にせず狙い続けろ!」


 竜は首を左右に振り続けて攻撃を回避する。しかし、色んな角度から飛んでくる矢を全て避けることはできない。くねくねと首を振り、苦しみだした。打たれた個所から血が滴り落ちる。


「よし!今度こそやったぞ!」

「今のうちに打ち込め!」


 騎士達に希望の色が見えた。動きの鈍った竜を、ここぞとばかりに攻撃する。


 龍は二つの首を同時に左に傾げた。すると、何もなかった右側からまた新しい首が生え始め、瞬く間に三頭になった。


 お返しとばかりに三頭が揃って黒い瘴気を吐きだす。


 空気が一瞬、黒く染まった。


 ゲホッゲホッ、と咳をする音が随所で聞こえ始めた。チャーリーが作ったワクチンを事前に打っているとはいえ、皆の頭に不安がよぎる。


 それに攻撃すればする程、竜は強くなっていく。成す術がなく、脱力する騎士の姿も目立ってきた。


 もう駄目だ…。勝てる訳がない…。口にする者こそいなかったが、弓を下ろした手がそれを示していた。


 そこへ低く鋭い声が響き渡る。



「何をしている!」



 森を背にしたエドワードが、殺気を放ちながら騎士達を睨みつけていた。


「それでも誇り高きオスベルの騎士か⁉ 無様な姿を晒すな!」


 腹に響く声音に、騎士達の体が振動した。目の前の竜と同じくらいの恐怖を感じ、ぞわりと毛が逆立つ。


 逃げ出そうとしていた者も、慌てて持ち場へ戻る。


 エドワードは威圧的な姿勢のまま命じた。


「攻撃の手を緩めるな!時間を掛けずに仕留めろ!」

「し、しかし!攻撃すれば、また竜の頭が増えてしまいます」

「構うな!打ち続けろ!」


 騎士達は覚悟を決めた。殺す(ヤる)か、殺さ(ヤら)れるかだと悟ったのだ。


 騎士の言う通り、攻撃を受け竜は首の数を増やしていく。今や、五頭竜となっていた。


 なるほどな。脳は一つ。しかし他の頭が、常にその一つを庇っている。これでは脳を狙うのは難しい。


 となると、残る方法は——。



「チームごとに狙う頭を決めろ!それぞれを同時に攻撃するんだ!」

「はい!」


 エドワードの指揮のおかげで、騎士のやる気も少しずつだが上がってきた。言われた通りにチームごとに首を狙う。


 しかし、やはり首は増え続ける。


 六頭。

 七頭。

 八頭。


 ついには九頭竜になった。靄の量もそれに比例し増えていく。


「駄目だ!これじゃ逆効果だ!」


「手を止めるな!何も考えずに打てるだけ矢を放て!できるだけ本体の首を上下に動かせ!」


 その気迫に、もはや自棄になりながら騎士達は弓を構え続けた。



 そうだ。それでいい。



 竜の首が多くなる度に、僅かではあるが動きにぎこちなさが増していく事にエドワードは気づいていた。


 細胞の分裂には限界がある。無限に分裂を続ける事などできはしない。しかも続けるごとに精度は落ち、いつかは自滅する。


 それに新しい頭が生えるスピードを考えるに、首は単純な作りになっているはず。心臓は胴体部分にあると考えてよい。


 いくら大きい心臓でも、増え続ける長い首にいつまでも血液を送り続けるなど、

 ——不可能だ!



「おい、見ろ!首の一つが動きを止めたぞ!」

「やった!完全に地面に頭を付けている」


 一つ首が不能となると、バランスが崩れるのか隣の首もよろよろと可笑しな動きを始めた。頭が下に引っ張られ、次々と倒れていく。


 騎士の一斉攻撃を受け、最後の首もドォンと音を立てて地面に倒れ込んだ。上から見るとまるでメデューサの髪のようだ。


 歓声を上げ、騎士達はその場にへたり込んだ。


 チャーリーは一部始終をノートに書きこんでいる。


 そうだよねぇ。元々は首が一つだったってことは、それが一番負担の少ない状態ってことで、さすがに九つまでが限界かぁ。




 ああ、でも、やっぱり生物ってすごいや!


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