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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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海賊

 (かすみ)が掛かった海上に、一隻の大型の船の姿がぼんやりとある。



 船の上では二十代後半の男が腰に手を当て、魔物島を双眼鏡で覗いている。先程まで島から上がっていた狼煙は今では見えなくなった。一括りにされた紫の長髪が、波風で揺れる。


 夜空には珍しく星が瞬いているというのに、波は荒く、船は大きく上下を繰り返している。


 船に描かれた真っ黒なカラスの絵は、船乗りが一番見たくない絵と言っても過言ではない。それは、オスベルの海域一帯で悪行を尽くす海賊船の証だった。


 男はその船長らしい。



 船内では、五十名程が飲み食いしている最中だ。飲み物はビールだけで、料理の殆どが肉だ。そんなことはお構いなしに嬉しそうに齧り付いている。


「おい!今のうちに、たらふく食っておけよ。今晩が勝負だ!」


 船長が大声で告げると、「おう!」と野太い声が響いた。



 夜更けになると船内の灯りを全て消し、ほぼ全員が甲板へ出た。息を潜めて獲物を待っていると、悠々と泳ぐ一隻の船が姿を現した。


「来たぞ!追え!」


 それを合図に帆を広げる。後ろから迫り、真横につけると砲弾を打った。ドオンと響き、相手の船の目前で落ちた。当たらなかったが衝撃で船が止まる。


「近づけ!」


 そこからは早かった。相手の船に乗り込むと、すぐに降参してきた。まさか海賊に襲われるとは思ってみなかったらしい。船員達は蒼ざめて震えている。


 船内には(おびただ)しい量の武器があった。


 主皇領からオスベル国内に密輸されようとしていた武器達である。鉄砲、槍、弓、それに大量の食糧も用意されていた。


「全部回収しろ!」


 指示の際に振り上げた右手にはカラスの刺青が入っていた。




「カラス」と言えば高い知能を持ち、警戒心が強く、いたずら好きで知られる。

 そして——「狼」の最高の相棒でもあった。


 上空から獲物を見つけては狼を導き、敵が来れば鳴いて報せる。そうして獲物を分け合うのだ。




 甲板に出ると、カラスが一羽、飛んできた。右腕を折り曲げて前に突き出すと、黒い羽根を広げて器用に停まる。


「ご苦労だったな」


 労ってやると、カラスはカァと返事をした。


 役目は果たしたぜ。お前も生きて帰って来いよ、エドワード。



「引き上げだ!」




 海賊船は闇夜へと消えた。


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