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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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魔物島へ

 エドワードの出発の日は、やはりというか、雨だった。笑顔を作るソフィーの本音を代わりに告げているかのようだ。


 城の入り口に立ち、使用人一同とともに見送る。


「こちらを」

「ハンカチ?」

「ええ。刺繍は得意ではないですが、精いっぱい作りました」


 ハンカチには薔薇の花が刺繍されている。得意ではないというのは本当のようで、線にはがたつきがある。手先の器用なエマが代わりに作ったのではないことは一目瞭然だった。


 曲がった線が急に愛しくなる。ソフィーに会うまでは、壁にかかった絵の少しの歪みも許せなかったのに。


「ソフィーはいつでも苦手を好きに変えてくれるね」

「えっ、苦手? 薔薇の花はお嫌いでした⁉」

「ははっ。違うよ。薔薇の話じゃなくて。それより…新婚なのに一人にさせてごめんね」

「…一人ではありませんわ。エマやアーロン、臣下の皆、それに国民がいますもの」


 ソフィーの目に嘘はないようだった。しかし、少し目が赤い。


 朝からずっと声も表情も明るいが、辛さを耐え、意図的にしてくれているのだと思うと、胸が張り裂けそうだ。


「必ず帰って来る。会えなくても私の無事は、ソフィーにはきっと分かるはずだから」

「はい。待っています。エドワード様、こちらもお持ちいただけますか?」


 差し出したのは、魔除けの効果のある蹄鉄のネックレス。


「ソフィー」


 エドワードはたまらず抱きついた。

 ソフィーも泣きそうな顔を隠すように胸に顔を埋める。



 どうか、ご無事で——。



 蹄鉄のネックレスをつけ、エドワードは騎士達と騎乗して城を後にした。





 北西に五日間の航海の末、ワグリン諸島へと辿りついた。バドラス島の隣の島に、チャーリーも属している国の研究所がある。潮の流れによって死んだ魔物達がよく流れ着くのだという。また、命知らずなハンター達が狩った魔物もこちらで高額で買い取られ、研究材料にされる。


 島には病人や怪我人の隔離ができる建物もあり、まるで一つの街のようだ。


「チャーリー、お前は待っていろ」

「こんなチャンス二度とないから行くに決まっているよ!ベンズル蛇は資料でしか見た事ない!血清があるから噛まれたすぐに言ってね。ちなみに今まで島へ行ったハンターで、生きて帰って来られたのは三分の一だけだったよ」


 縁起でもない。チャーリーの話を聞けば聞くほどに不安になり、騎士の士気が下がっていった。


 魔物退治に集まったのは、志願した騎士達。想定より多い五千人だ。褒賞目当ての人間も勿論いるが、来てくれただけ有難い。


 エドワードは島を出る前に、騎士の前に歩み出た。


「集まってくれたこと、礼を言う!お前達は誇り高いオスベルの騎士だ!恐怖しても歩みを進めろ!歴史に名を刻もうじゃないか!」


「おう‼」という野太い声が木霊した。


「生きて帰るぞ!」エドワードが口元を上げると、「おう!」と騎士達は俄然としてやる気を出した。


 そこへ、エレーヌ率いる教会の軍が加わる。紺地の騎士服のオスベル軍とは対照的に白地の騎士服の彼らは、かなりの少数だ。百名もいないだろう。


「皆様、おはよう」

「おはようございます、聖女様‼」


 オスベルの騎士達の聖女に対する信頼は相変わらず厚い。エレーヌは満足そうにエドワードの腕に絡みついた。


「お待たせしてしまったわ。さ、エドワード様、行きましょう」


 バドラス島はオスベルよりも暑かった。汗を流しながら、ごつい岩肌を三十メートル程ほぼ垂直に上っていくと、今度は木が生い茂った森が現れる。


「涼しい」


 森の中は、木のおかげで日が遮られ、過ごしやすい。エドワード達が足を踏み入れると、鳴いていた虫の声がピタッと止まった。集団で歩いていることもあり、やはり大型の魔物以外は、そうそう襲ってくることはなさそうだ。


 十五メートルはあろうかとい木々が均等に並んでいる。膝上まで青草が茂り、蔦に絡まれたり、石に躓いたりで歩きにくい。何かが潜んでいるかもと考えると、きょろりと辺りを何度も見回してしまう。


 予定より遅くなるかもな。


 エドワードは騎士の様子を観察しながら眉を顰めた。


 精鋭の騎士達とはいえ、こんな環境は初めてだ。余計なことに神経を使ってしまっている。

 体の疲れよりも精神面の削られ方が心配だ。



「うわあああああ」



 後方から劈くような叫びが上がり、全員が振り向いた。白い騎士服の男が二メートルを超す魔物に胴体を咥えられ、そのまま空を飛んで行った。


 唖然とした後、混乱が広がる。


「魔物だ!どこから」


 言っている間に、また白衣の騎士が空へと連れ去られた。


「助けてっ‼」という声がどんどん小さくなっていき、しまいには姿も見えなくなった。その後も二、三名が連れ去られ、なぜか全員が教会側の人間だった。


「隊列を崩すな!チームごと固まって四方と上空を見張れ!」


 デクスターが指揮を執る中、チャーリーだけはワクワクしていた。


「見た? 見た? 飛んで行っちゃったね」

「全員、教会の人間だったな」


「そうだね。目がぼんやりとしか見えていないか、それとも紫外線を見ているのか。どちらにせよ紺の軍団の中で白だけ浮いて見えたんだろうね。だから狙われたんだ。僕らは集団でいるのに、それでも狙ってくるってことは、よほど力が強いか、毒を持っているか。とにかく助からないのは確かだね」


 資料に書き加えよう。




 上空からの攻撃が止んでも、チームで固まって歩き続けた。いつ死んでもおかしくないという恐怖が全員を包んでいる。


 しかし、緊張感はそうそう続くものではなかった。歩けど歩けど森が続き、さっきから景色があまり変わらない。いくら涼しいとはいえ、こうも歩けば汗も噴き出してくる。


 疲労が余計に神経を鈍らせ、徐々に隊列も乱れていった。


「疲れたー」


 一人が立ち止まると、他の者達もちらほら動きを止め始める。攻撃が止んだこともあり、気が緩み始めている。


「ちょっと休もうぜ」


 騎士の一人が隊列を外れ木にもたれかかった瞬間、シュバッと血が水滴のように飛び散った。同時にポトッと肉片が草の間に落ちる。


 グハァッと騎士が倒れ込み、そのまま森の奥へとズルッズルッと足を引きずられていく。その胸には斜めに四本の赤黒い筋が大きく入っていた。血が止めどなく溢れている。


 血の跡が続いていても誰も追わなかった。


「何だ⁉」「兎、いや鼠か⁉」「でかすぎる!」「爪が異様に長かったぞ!」一瞬のことに騎士達が動揺して叫び始める。


 チャーリーは興味深そうに後を追おうとしたが、デクスターに首根っこを掴まれた。


「傷が深い。もう助からん。勝手な行動は命取りだ。お前達も肝に銘じろ!」


 最後は他の騎士達への警告だ。「はい!」と一瞬で全員の気が引き締まった。


 チャーリーは先程の魔物を思い返す。


 騎士を襲ったのは兎のような顔立ちをした一メートルを超す魔物だった。耳はリスのようで、鋭く長い爪からは騎士の血が垂れていた。


 草食動物のように顔の横に目がついているのは、すぐ敵に気づけるよう広範囲を見通せる目の配置だ。



 つまり騎士を一瞬で殺したあの魔物もまた、()()()()()だ。



 獲物との距離を測るのは苦手なはずだけど、木にもたれていたから仕留めやすかったのかな?

 いやぁ、やっぱりこの島には興味が尽きそうにないや!




 こうして初日は推定死者数、八名となった。安全な回り道より危険度の高い最短距離を選んだので、これは良い数字と言える。しかし、騎士達の心理面への負担は想像以上で、口数少なに夜を超した。


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